帝だった神羅の骸なき葬式は七日間続いており、平安町からは日中絶え間なく鐘の音が鳴り響いていた。

翌朝目覚めた黎は、すでに両隣がもぬけの殻になっていて慌てて飛び起きると、寝ぐせも直さないまま外に出て白い息を吐いた。


「おお黎明、今起きたのか?さては昨晩頑張りすぎ…」


「旦那様。そろそろ発ちますわよ」


黎の母がぴしゃりと叱ると、黎の父は肩を竦めて茶を一気飲みした。


「数十年ぶりに人のように食事をしたぞ。この家の風習か?」


「…幽玄町の人々と心を通わせるためには同じものを食った方がいいと思っただけだ」


「ふむ、そうか。ではそろそろ行こう」


澪の両親もすでに支度は終えていて、皆でぞろぞろ玄関に移動して草履を履いて外に出ると――黎の父はくるりと身体を神羅に向けた。


「な…なんでしょう」


「お嬢さん。私はこう見えて長く生きていてね。匂いには敏感なんだよ」


「っ!」


神羅が身を固くすると、黎はすぐさま割って入って父を睨みつけた。


「何をおかしなことを言っているんだ?」


「だから最初から気付いていたんだ。…しらを切るならそれもいいだろう。黎明よ、我が子を強く育てるのだぞ。でなければ俺が刈り取りに来るからな」


――神羅が妖ではなく、子が居ることも知られている…?

黎が青ざめた時、黎の母は夫の頭をぺしっと叩いて牛車に向けて思いきり背中を押した。


「適当なことを言わないで下さいな。そうやって意味のわからないことを言って惑わせる癖はおよしになって」


「ははっ、ばれたか。じゃあ行こう。それではな」


牛車が動き出してもなお黎は神羅を背に庇い、睨み続けた。


「れ、黎…」


「…鎌をかけてきただけかもしれない。とにかく用心していこう」


嵐は去った。

これで平穏な暮らしを送れる――はずだった。