千一夜物語

業平に嵯峨野の寺で出産すると話した時――この生真面目な男は何も疑うことなくそれを受け入れた。


「大僧正様がお傍に居て頂けるのならば何の心配もございません。朝廷から無事の出産をお祈りして祈祷させて頂きます」


ずっとずっと、業平を騙し続けてきた。

たった一度だけこの身を委ねた男は、我が子だと信じて疑わずに腹を撫でて退出していった。


「私の遠縁を探さなければ」


遠縁の者ならば意外と居ると調べているうちに分かっていた。

彼らの連絡先を帳面に書き記してさりげなく机の引き出しに入れておく――退位して出家すると知らせた後きっとこれを見つけて連絡を取ってくれるだろう。


皇室の血筋が何よりも優先されるため、遠縁の者であってもその座に座らせることになる。


――臨月が近付いてきた時、もうこれ以上腹に抱えていると破裂してしまうかもしれないと思った。

それほどに腹は重たくて胎動が激しく、無事に産んでやるためにはすぐに嵯峨野に移動しなければならないと決めた神羅は、すぐさま口の固い近衛兵から数名を選んで雪の降りしきる中、牛車に乗り込んだ。


「神羅様、やはり私も共に…」


「駄目ですよ業平。皆と共に政を行って下さい。…大丈夫です、無事に出産して戻って来ますから」


名残惜しそうに手をさすってきた業平の手をそっと外して御簾を下ろし、温石を抱いて嵯峨野へ発った。

とんとんと腹の中から胎動を伝えてくる我が子をなんとか宥めながら数日をかけて移動して寺に着いた時――

大僧正の顔を見た時――どっと安心感に襲われて、好々爺の大僧正の手に縋り付いて何度も頭を下げた。


「大僧正…申し訳ありません…申し訳ありません…!」


「神羅よ、謝ることではない。そなたはここで母となり、爺の我々が遊び相手となって共に育ててゆく。もう帝とはお呼びしませんぞ」


「ええ…はい…。どうか進むべき道をお示し下さい」


――ひとつだけ誤算があった。


神羅のこの行動が黎に筒抜けだったことが。