千一夜物語

自分の膝に、何かが乗っていた。

なんだろうと思って見下ろすと、小さな男の子が身体を揺らしながら座っていて、頭を撫でると見上げて来た。


その顔――


「黎…?」


「私はそんなに父様に似ていますか?」


「…え?」


「母様、私は父様の傍に行きとうございます。駄目ですか…?」


――童ながらもすでに完成された美貌が誰に似ているのかは一目瞭然だった。

神羅は胸を詰まらせて、我が子の髪を優しく撫でてやった。


「…父様はお主のことを知りません。母子ふたりで暮らしていくのはいやですか?」


「でも…父様はきっと私のことを知ります。母様を迎えに来ます。母様は父様のことがお嫌いなのですか?」


…そんなわけがない。

じっと見上げてくる我が子をぎゅっと抱きしめた神羅は、首を振って涙声で本音を語った。


「お主の父様は私が生涯でたった一度だけ愛したお方。だけれど、私たちは様々な理由があって別れなければならなかったのです」


「母様、私が無事に産まれて来れたならば、きっと何もかもが変わります。その時は迷わず父様の元へ行って下さい。私を父様の腕に抱かせて下さい」


「そうですね…無事に産まれてきたならば、そうしましょう。そうなったら死産したと偽って出家し、朝廷を去ります。…もし黎が…お主の父が迎えに来たならば、お主の望み通りにします」


「ふふ、母様…待っていて下さいね」


無邪気に笑った我が子に笑いかけた時――はっと目が覚めて飛び起きた。


「黎…やはり、この子の父はお主なのですね…!」


これは、お告げだ。


腹の中の我が子の父が誰か分かった。

後はもう、この子を無事に出産するために安静にして、業平と朝廷を説得して、嵯峨野の寺へ発つ手筈を整えなければ。


やるべきことがまだ沢山ある。

全てを投げ出すわけにはいかない。

ちゃんとけじめをつけて朝廷を去る。

それが唯一自分にできることなのだから。