千一夜物語

ここで出産できないとなれば、頼れるのは巫女時代に共に修行に励んだ大僧正たちの暮らす寺しかない。


産まれてくる子が業平との子ならば、何も問題はない。

けれど…もし黎との子ならば…朝廷を去らなければならない。

‟鬼子”と呼ばれる半妖の扱いがどれほど過酷であることか――神羅はそれを蔵にある文献を読み漁って知っていた。

その時は、せめて自分だけは支えとならなければ。


…黎にも隠して取り上げられないようにしなければ。


「澪さん…」


もし黎との子ならば、澪は子を産むことができない。

途方もなく罪の意識に苛まれたが、それでも黎との子を諦めることはできない。


「この文を嵯峨野の大僧正様の元へ。必ず内密にするように」


「畏まりました」


近衛兵の中で最も信頼のおける男に文を託した神羅は、連日腹を触りたくてやってくる業平と会うことを何より苦痛に感じていた。


もし業平との子ならば――愛せる自信がない。

だが次の帝となる存在を産み落とすことで、この肩に乗っているもの全てを下ろすことができる。


身籠ってからというものの、政務はほとんどを業平と右大臣、左大臣がこなしていた。

自分が居なくても世界はちゃんと回っている――

こんな場所に担ぎ出されなくてもちゃんと何もかも恙なく行われているではないかと思うと、静かで慎ましやかな暮らしを送っていた日々が懐かしくなった。


「大僧正様…」


包み隠さず、全てを文に書き記した。

文を書きながらも涙が止まらず、何度も書き直したが何度も涙が落ちてしまって、最後には書き直すのをやめた。


育ての親である大僧正に拒まれたならば――もうどうするかは決めてある。


この命を我が子と共に――


「黎…ごめんなさい」


腹を撫でながら、謝り続けた。