伊能は幽玄町に戻った後すぐさま黎に全てを報告した。

まさかまさか――と思っていた黎はそれで納得はしたものの、神羅を攫って我が物にしたいという願望が収まらず、なんとか感情を抑えて伊能を労って退出させた。


「神羅…!」


嘘を言っているのか?

それともやはり業平の子なのか?

…神羅の言葉を鵜呑みにするわけにはいかない。

あれは自ら責務を課して、己の願望を押し殺したまま生きることを選んだ。

だからこそ、信じるわけにはいかない。


「烏天狗、話がある」


間諜能力に長けた烏天狗が傍に来ると、黎は縁側に座って烏天狗の翼を撫でながら、声を潜めた。


「お前にやってほしいことがある」


「なんなりと!」


「帝の動向を探ってほしい。何か妙な動きがあったら俺に報告してくれ。いいな?」


「はっ」


命を与えられた烏天狗が喜び勇んですぐさま行動に移すと、黎は不安げな顔で見上げてくる澪の隣に座ってその肩を抱いた。


「…女々しいと思うか?」


「ううん、当然のことだと思うよ。神羅ちゃんのことが心配なんでしょ?」


「…あれが身籠ったとなれば、その子が次の帝だ。神羅の次に縁を結び、支えていく必要がある」


…嘘をついた。

まだ自分の子かもしれないと疑っていることを隠して澪に嘘をついたものの、信じ切っている澪は笑顔で頷いて身体を預けてきた。


「男の子かな、女の子かな…」


「…どっちでもいい。健康であれば、どっちでも…」


――神羅。

俺はお前を信じていない。

お前が言葉を連ねる度に、俺はお前を疑い続ける。


お前は、俺を愛しているのだから。