早速朝廷へ出向いた伊能は、すぐに帝との謁見を許されて御所へ通された。

すんなりと謁見を許されているのは、黎が百鬼夜行を行って成果を上げているからだ。

最初は妖と手を組むなど冗談ではないと紛糾した朝廷だったが――神羅が毅然とした態度で朝廷を説得したおかげで、成果を上げた妖側の調停役となっている伊能はそれなりの信頼を得ていた。


「伊能、今日は何の用ですか?今私は忙しくて…」


「…主さまより祝いの品を届けるようにと」


「……祝いとは?」


「主上がご懐妊されたことをお知りになり、祝いの品を届けるようにと仰られましたので。こちらが目録でございます」


人払いをして御簾から出た神羅はいつもの神官衣の上に緋色の打ち掛けを纏っており、腹を大切そうに撫でながら伊能の前に座った。

ふたりはしばらく見つめ合ったが――目を逸らしたのは神羅の方で、目録の字を見てぽつりと呟いた。


「これは…黎の字ではありませんね」


「主さまはしばしば体調をお崩しになっておられますので代理で私が」


「黎が…体調を?だ、大丈夫なのですか!?」


「本人は隠しておられますがかなりお弱りになっておられます。…まあ、あなたのせいなのですが」


「え…わ、私の…?」


動揺した神羅が膝をついて伊能ににじり寄ると、伊能は美しさが増したような気がする神羅を睨むようにして目を細めた。


「ご懐妊されたとのことですが…どちらの御子でしょうか?」


「っ!な…っ、どういう意味でしょうか?」


「業平殿か、はたまた…主さまの御子なのか。今ここではっきり明言して頂きたい」


さらに動揺した神羅が腹を庇うようにしながら後退ると、伊能はさらに強い口調で神羅を責め立てた。


「主さまがお弱りになったのも元を正せば主上、あなたのせいですよ。だからこそあなたへの未練を主さまには断って頂きたいのです!さあ、どちらの御子なのですか?今ここで明言を…」


「帝、何の騒ぎで……伊能殿!わが妻に何を言ったのだ!?」


別室に控えていた業平が伊能を突き飛ばすと、伊能は食い下がってさらに語気を強めた。


「さあ、どちらですか!?」


「我が夫は業平ひとり!そう伝えなさい!」


「そうですか。それはようございました。主さまもこれで迷いが無くなりましょう」


頭を下げた伊能が退出すると――神羅は身体を丸めて唇を噛み締めた。


「黎…!」


小さく呟いて、その後しばらく顔を上げることはなかった。