千一夜物語

父の一声だけで鬼族の名家の者たちが集結した。

妖としての格が高ければ高いほど、人を食らうことはない。

興味半分で人を食う者も居るが――人を殺めすぎると正気を失ったり闇に堕ちて見境なく殺戮行動を起こしたりすることが知られているため、ほとんどの者が人と関わる暮らしを送っていない。


黎が戻ってきた――

実家を飛び出て都へ腰を落ち着けて一体何をするつもりなのかともっぱら彼らの興味の対象となっていた黎だが、人と交わしたと言う契約書を目にしてどよめいた。


「これを為したとしても我らに何の利点がある?」


「人に特に思い入れがあるわけでもないし、むしろ関わりたくない。黎様、これは一体…」


黎は長老の背後に控えている数多くの今後の鬼族を背負ってゆく若い衆たちににこりと笑顔を向けてぽうっとさせながら、頭を下げた。


「人と縁ができてしまった。あれらもまた妖に手を出すつもりはなく、こちらもない。むしろ人を食いすぎて正気を失う者が出るのを食い止めることもできる。…帝は人を殺める武器の回収を始めている。妖と手を結ぶという内容の発布も出した。いいか、すでに後戻りはできない状況だ」


「ですが、我ら鬼族が今後他種族の目の敵にされますぞ」


「妖の種族の中では我々鬼族が最強の豪の者だ。無抵抗のまま襲われるつもりもないだろう?…頼む、全員に理解してほしいとは言わない。だが、少しでも共感してもらえるなら…力を貸してほしい」


――黎は憧れの存在だった。

口では面倒くさいと言いつつもきっちり鬼八の封印をこなし、困っている者が居れば手を差し伸べて無条件で救う――そうやって黎の周りに救われ、心酔した多数の妖が集まってひとつ屋根の下で暮らしているという情報は伝わってきていた。


「黎様…条件があります」


最初に声を上げたのは、黎の家よりひとつ下ではあるがとても格式のある名家の長男だった。


「なんだ?」


「私と戦って下さい。私が敗けたならば、我が家はあなたに従います」


「よし、やるか」


黎が気軽に応じると、次々と‟自分もお願いします!”と声が上がった。


皆が本当は黎には勝てないと最初から思っていなかった。

憧れの男と戦える――すでに決意は固まっていた。