千一夜物語

黎は父そっくりの顔をしていて、牙は黎の背後に控えながら目を丸くしてふたりを交互に見ていた。


久しぶりに帰って来た我が家はやはり懐かしく、帰りを知って飛び出てきた母に抱き着かれつつ、なんとか宥めて客間に移動して、にこにこしている父と対面していた。


「お前が家を飛び出た時はどうなるかと思ったが…嫁とはうまくやっているか?」


「…心配せずともうまくやっている。まさか送り込んでくるとは思ってもいなかった」


「あそこの家は鵺を使役する珍しき家。うちと縁を結びたいと前から言っていたからな、いい機会だと思ったんだ。…で?何故そんな嫌そうな顔をしながらも戻って来た?」


つい顔に出てしまっていた黎は、出された茶を一気飲みして懐から契約書を取り出した。

父は無言でそれを受け取り、目を通して大して驚いた様子もなくふむふむと相槌を打っていた。


「人と絆を結びたい…と言うのか」


「そうだ。俺は人を食う妖を制裁し、人は武器を放棄して妖を見かけても手を出さない。…人側の頂点に立つ者とちゃんと話をつけてきた」


「それで我々妖側が納得すると思っているのか?お前…殺されるぞ」


黎はさすがに眉を潜めて父に向けてにたりと笑うと、身を乗り出した。


「まだ子も為していない俺をおめおめと殺されてもいいのか?我が家系で直系の者は子ひとりしか恵まれない。ということは親父はもう駄目だ。俺が死んだら…鬼八の封印はどうなる?」


脅しをかけられている――

早い段階で家督を譲って鬼族の繁栄のため家をまとめたり諍いを治めたりして鬼族の影の頂として活動していた黎の父は、腕を組んで唇を尖らせた。


「俺に鬼族の支援を取り付けろ…と?」


「俺が死んでもいいのなら、何もしなくていい。俺に死んでほしくないなら協力を取り付けてくれ」


「ふむ、息子に脅されてしまった」


黎の父は小型の狗神姿になっていた牙を呼び寄せてわしゃわしゃ撫で回しながら肩を竦めた。


「よし、その件は俺が預かろう」


…すんなりうまくいきすぎて身構えた黎だったが――父はそれよりも帰還した黎が嬉しくて、今後は黎を撫で回そうと手を伸ばした。