千一夜物語

浮浪町の屋敷に戻った黎は、打ちのめされて打ちひしがれて――力なく縁側に座った。

帰りを待っていた澪は、黎の様子を見て神羅と和解することは敵わなかったのだと知って、黙ったまま傍に座ってその手を握った。


「…澪…神羅を説得できなかった」


「……うん。黎さん…ご苦労様でした」


神羅とは仲良くできると確信していた。

だが神羅はそれを拒み、人としての通常の生き方を選んだのだろう。

それはまるで自分たちの出会いを否定されているようで涙ぐむと、黎は澪の肩を抱き寄せて抑揚のない声で語った。


「俺は…今後人と妖の間に立ち、見える境界線としての立場を確立する」


「え?それってどういう意味…」


「神羅は人が妖を殺めることを禁じ、俺は妖が人を殺めることを禁じる。そうすることでひとつの世界に互いが生き、共存できる世を作る」


「神羅ちゃんが…そう望んだの?」


「そうだ。契約を交わしてきた。俺は…今後生まれるであろう子、そして子々孫々にまでそれを義務付ける。そうすることで…俺は…神羅と繋がることができる」


身体を丸めて歯を食いしばった黎がどれほど苦悩しながらその条件を呑んだか――


黎の分まで泣いてやろうと思って声を上げて泣いた澪は、黎を抱きしめて涙声で何度も背中を撫でてやった。


「そうだね…私もそれでいいと思う。黎さん、今から大変だけど、私も手伝うから。みんな手伝ってくれるから。だから…」


「…ありがとう。澪…俺は至らなくて、お前だけを愛してやることができない。それでもいいのか?」


――澪はそんなことは愚問だと言わんばかりに肩を竦めて、黎の懐に手を突っ込んでそれを顔につけて見せた。


「私の仮面の方…私はあなたと出会った時からあなたのお嫁さんになろうって決めてたの。だからお嫁さんが何人増えたって私は平気。平気だよ」


「澪…お前、知っていたのか…?」


「うん、知ってたよ。黎さん…これから頑張ろうね。神羅ちゃんと結んだ絆を絶やさずに続けていこうね。どんなに時間がかかっても成し遂げようね」


「…ありがとう」


つらくてつらくて、双方共に半身が捥がれる思いだったが――神羅を思ってなんとか歯を食いしばって言い聞かせた。


人と妖の懸け橋になる――

必ず、成し遂げてみせる。