千一夜物語

神羅も澪と同じように今まで男を知らなかったが――優しくなど到底できなかった。

激情のままに神羅を抱き、指を噛んで耐えている表情すら愛しく思えてその指を外して唇を奪いながら攻め立てて、心の中で叫び続けた。


もう会わないなんて言うな。

俺の傍に居たいと言ってくれ、と。


「神羅…っ!」


「主さま…主さま…!どうか、私と契約を…!」


傍に転がっている血判状を横目に見たものの、今はそれどころではない。

繰り返し繰り返し、契約をしてくれと懇願する神羅を抱いて、何度抱いても飽き足らずに、神羅が気を失いかけた時にようやくはっと我に返ってその軽い身体を抱き起して荒い息を吐きながら抱きしめた。


「契約…を…」


「…分かった。分かったから…」


――同じ妖を制裁し、人の側の立場になって寄り添って生きて行くのは裏切り行為に等しい。

だが神羅を――人を愛してしまった。

心の底から愛した女が人――その女が唯一懇願し続ける思いを蔑ろにすることはできない。


「本当…に…?」


汗で顔に張り付いた髪を払ってやった黎は、ぐったりした神羅を抱きかかえたまま親指を噛み切ってその血を血判状に押した。


「俺は…これから人に寄り添って生きる。お前の願いだから…誰に恨まれたとしても、成し遂げてみせる」


「ありがとう…本当にありがとう…主さま…」


「神羅…俺の真名を教える。だから…呼んでくれ」


黎の肩に顔を預けていた神羅が顔を上げると、黎は神羅の額に額をこつんとあてて目を閉じた。


「俺の真名は…黎明(れいめい)と言う。それが俺の真の名だ。呼んでくれ」


「黎…明…黎明…!」


――真名を呼ばれた途端、身体の奥底から快感にも似た充足感が競り上がってきて、それだけで息が上がってしまって神羅の唇を強引に奪った。


もう何度抱いただろうか?

数えきれないほどすでにその身を抱いていたが、神羅は一言も音を上げずに――ただ離さないという思いで黎の背中に爪を立てて、しがみ続けた。


「愛しています…主さま…黎明…!」


「俺もだ、神羅…!だから…っ」


だから、傍に居て欲しい。


その言葉は言ってはいけない。

神羅が――悲しむから。