千一夜物語

人と妖には大きな隔たりがある。

相互理解など得られるはずがなく、またそれを微塵も考えていなかった黎は、神羅の前に座ると眉を潜めた。


「友好…だと?」


「そうです。お主は私を食おうとしてここへやって来ましたね。結果、浮浪町は見違えるほど清潔になり、集っていた罪人たちも心を入れ替えて働いています」


「それがなんだ」


「私はそれまで、妖は絶対悪だと思っていました。人を食い物にして狼藉を働き、餌位にしか考えていないと思っていました」


「ほぼ当たっている。だからそれがなんだ」


「ですがお主は違いました。自分のためとはいえあの手の付けられなかった町をきれいにした…私にはできなかったことです」


話している間にも神羅の手に触れたくてちらちら手ばかり見ていた黎は、顔を上げて神羅が何を言おうとしているのか見つめた。


「俺は汚い町に住みたくなかっただけなんだが」


「人と妖はそれまで見えない境界線を守って生きてきましたね。ですが互いに不満もあり、今回はそれが露呈した事件でした。だから黎…お主に見える境界線になってもらいたいのです」


「見える境界線…?」


「私は今まで作っていた妖を殺めることのできる全ての武器を集めて蔵へ封じます。今後一切妖を見かけても手を出すことのないように触れを出します」


「…俺に何をしろと?」


神羅は真っ直ぐ黎を見つめて、うっとりするようなふわりとした笑みを見せた。


「私は全ての人々にそれを徹底させます。だからお主は…人を殺めようとする妖を制して下さい。私たちは違う生き物だけれど、互いに同じ世界で生きていけるのだと…それを互いに理解させるために」


唖然とする黎の前に神羅は膝に置いていた巻物を広げて見せた。


「これは…血判状か」


「そうです。私は人の代表で、お主は妖の代表として、契約をしましょう」


すでに神羅は自らの血で判を押していた。


黎は毅然としている神羅を見つめて――手を伸ばした。