千一夜物語

騒ぎに気付いて起きた澪は、縁側に刀を放り投げていらいらしながら庭を行ったり来たりしている黎を見て正座してその様子を見つめていた。


…神羅が屋敷から去った。

その前兆は以前からあり、神羅が居なくなってしまうと黎が精神の均衡を取れなくなってしまうかもしれないと不安を感じていたが…


黎にとっては、自分よりも神羅のことを愛しているのかもしれない。

先に死んでしまうと分かっているのだから、より強く求めて焦がれて、全てを独占してがんじがらめにしたいと思っているのだろう。


…昨晩は一夜を共にして喜びに満ち満ち溢れたが――今、黎にかける言葉はない。


「牙さん、私ちょっとお散歩してくるね。黒縫を連れて行くから大丈夫」


黎の様子を見ているのは忍びなく、そっとその場を離れようとすると、澪の存在には気付いていたが、それよりも神羅のことで頭がいっぱいだった黎は、足を止めて澪を呼び止めた。


「澪、どこへ行く」


「お散歩だよ。お天気がいいし、町の皆さんに被害がないか見て来ようと思って…」


「行くな。傍に……」


――それがどれほど我が儘で自分勝手な行動なのだろうかと気付いた黎は、それ以上言葉を紡げなくなって立ち尽くした。

半ば放心状態でただただ見つめてくる黎に静かに歩み寄った澪は、冷たい黎の手を両手で包み込んで、その胸にこつんと頭を預けた。


「分かってるから。黎さん、苦しいよね。神羅ちゃんに会いたいよね。…分かってるよ、私…黎さんの役に立てない。ごめんね、役に立てなくて…」


「澪…」


健気で今にも泣きそうな顔をした澪を抱きしめた黎は、澪もまた大切で独りにさせておくことはできず、自身を落ち着かせるために深呼吸をして澪の背中を撫でた。


「…取り乱した姿を見られたな」


「ふふ、新たな一面見れちゃった。黎さん、お茶飲まない?熱いの淹れてあげる」


黎の手を引いて縁側に座らせた澪は、小走りに台所に向かいながら袖で涙を拭った。

ついて来ていた黒縫がきゅうんと鼻を鳴らして心配してくると、くちゃくちゃな泣き顔で笑った。


「みんな…幸せになれるといいね」


誰も不幸にならない幸せが訪れるといいね――