部屋に入ると、休んでいた黒縫がさっと立ち上がって出て行こうとしたため、澪は慌てて蛇の尾を掴んで呼び止めた。


「黒縫、どこに行くの?」


『ちょっと用事を思い出しまして…』


嘘だと分かっていたが、澪が手を離すと黒縫は黎の足にすりすりして部屋を出て行った。

ふたりきり…

色々なことがありすぎて黎とはほとんど話せなかったため、澪はわざと明るい声を出して黎に座布団を勧めて座った。


「今日はご苦労様でしたっ。疲れたよね」


「ああ、そうだな。だがこれで人と妖双方しばらくはなりを潜めるだろう。あくまでしばらくの間だが」


「他にも何か起こるって言いたいの?」


「今回の件で互いに存在をよく思っていない連中が居るというのが顕著に表れたから、どうにかしないととは思っている」


ふうん、と相槌を打って茶を口にした時――目の前に座っていた黎が手を伸ばして首筋に触れたきたため、茶を吹きそうになってややむせた。


「な、なに…?」


「…そこだけなんだな?」


「え?どういう意味…」


「悪路王につけられたのは、そこだけだな?他には触られてないな?」


――悪路王に凌辱されかけたが、黎の優しい手つきとは違ってあの時の悪路王は粗暴で、唇はなんとか守ったものの、太腿や胸を触られたのを思い出して俯いた。


「触られたよ」


「…どこを」


「こことか…こことか…」


口に出すのは躊躇われて、触られた場所を指していると、黎の表情がみるみる不機嫌になった。

嫉妬してくれているのが嬉しくなった澪は、黎の手を握って自分の想いを訴えた。


「でも私、抵抗したから。黎さんとじゃないと、やだ。だから…最後までは…されてません…」


あの時のことを思い出して、身体の底から身震いがした。

急にあの時の恐怖が蘇って自身の身体を抱きしめていると――黎にふわりと抱きしめられて、その温かさに目を閉じた。


「黎さん…」


「上書きしてやる」


「え?」


「よその男の感触なんか忘れろ。俺が忘れさせてやる」


帯に手がかかった。


ああ、今から黎の腕に抱かれるのか――


今度は喜びに身体が震えて、黎に抱き着いた。