両腕を失くして身体の均衡が取れなくなった悪路王は、起き上がることができず、なんとか仰向けになると、無表情の黎を見て卑屈に笑った。


「旦那ぁ…あんた本気でふたりとも愛そうってのかい?」


「…だとしたら、なんだ」


「片方は先に死ぬんだぜ?分かってるなら遠野のお姫さんだけを愛してやれよ。なんで悲しませるようなことをするんだよ」


――澪と神羅、両方とも平等に愛せるかどうかは分からないが、愛しているのは事実だ。

片方を失えば半身を捥がれたような気になるだろうし、両方選ばないという選択肢は全くない。

だとすれば…

ふたりが理解してくれるのならば、三人で幸せになる方法を模索する他ない。


「それが何かお前に関係あるのか?」


「…俺は遠野のお姫さんに笑っていてほしいんだ。あんたが今後あの娘の笑顔を奪うかもしれないと思うと腸が煮えくり返るんだよ。だったら…」


「俺は欲しいものは全て手に入れる。俺たちはそういう生き物だろう?」


「…はっ、こっちの話は聞く耳持たずってことかい。まあそうだな…俺もそうやって生きてきたからなあ」


もう目の焦点が合わなくなってきた。

その前に――黎に…澪に本音を伝えなければ。


「旦那…俺、あんたに憧れてたんだ。色んな場所であんたの話を聞いてたし、あんたの仲間になって生きていけたらなあと思ってた」


「…そうか。そうなるべきだった。お前が神羅を狙わなければ、そうなっていたかもしれない」


「…あんた優しいなあ。そういう男で良かったよ。…遠野のお姫さんは居るかい?」


「澪、こっちへ」


悪路王の血を被った神羅の身体を拭ってやっていた澪が黎に呼ばれて庭に下りると、目が合うなり悪路王は力を振り絞ってにかっと笑った。


「怖い目に遭わせてごめんなあ。俺、あんたに惚れてたんだ。だからあんたも帝も嫁にしようとしてる鬼頭の旦那が許せなくてさ。…ごめんな」


「ううん…。悪路王さん、それぞれの幸せの形があるんだよ。私は三人で生きていきたいって思ったの。だから…」


「ああもういいって分かってるから。そうか…幸せの形か…」


悪路王の身体ががくがくと揺れると、急速に目から光が無くなりながらも曇天を見上げた。


「おっとさん…おっかさん…」


今から傍に行くよ。