もう後がない。

壁にめり込んだ大鉈を引き抜いて再び肉薄してきた悪路王の形相は恐ろしく、黎とは全く違う。

同じ鬼族でもこうも違うのかと思うと、やはり人と妖は相いれない存在なのかと思ってしまう。


「死ねえ!」


「私はまだ…死ねない!」


黎にちゃんと想いを告げるまでは。

ちゃんと別れを告げるまでは。


――神羅はまっすぐ悪路王を見据えた。

もう避けることは敵わない。

だから、目を逸らさない。


「…は…っ」


短く息を吐いた悪路王が大きな目をさらに大きく見開いて、動きを止めた。

途端顔に何か生暖かいものが大量にかかって頬を指で拭ってみると――それは真っ赤な血で、再び顔を上げた神羅は、悪路王の左腕が無くなっているのを見て声にならない悲鳴を上げた。


「きゃぁ……っ!」


「神羅!」


その声――

いつもすんでのところで助けに来てくれる者の声――

膝から崩れ落ちた悪路王の背後には、刀を手に心配そうな顔をした黎が居て、思わず涙が溢れて両手で口を覆った。


「血…血が…っ」


「お前は無事か!?怪我は…」


「私は無傷です。黎…この男が悪路王…?」


「そうだ。澪、神羅を頼む」


「はいっ」


澪の姿が見えるとその無事な姿にほっとした神羅はへたりと座り込み、黎は出血を繰り返して話す力もない悪路王の喉元を掴んで持ち上げると、庭に向けて放り投げた。


「お前たちは見るな。ここに居ろ」


「黎さん、でも…」


「あれは放っておいても死ぬ。だったら俺が引導を渡してやる」


庭に転がって立ち上がれない悪路王に近付く。

周囲には悪路王側の妖の屍が多数転がっていた。


「最期の言葉を残せ」


悪路王の頬がぴくりと動いた。