その男ははじめて見る男だった。

だがこうして命を狙って来るということは、悪路王の仲間なのか、それとも――


「な…何者…!」


「ああ、あんたはこの姿初めてか。俺は悪路王だよ。あの時は人の皮被ってたから分かんねえだろうが、正真正銘悪路王さ。さあ…今度こそ逃さねえ。死んでくれや!」


壁際まで後退した神羅が胸の傷の痛みに顔をしかめると、悪路王は玉藻の前が駆けてくるのを見て素早く部屋に侵入して神羅目掛けて大鉈を振り上げた。

この一撃があたれば殺すことができる――

だが悪路王もまた瀕死の状態であり、貧血でよろめいて攻撃が逸れて壁にめり込んだ。


「きゃあ…!」


「お前が死ねば…お前が死ねば!遠野のお姫さんは鬼頭の旦那だけのものになる!そうなるべきなんだ!」


「え…!?」


神羅がぽかんとすると、悪路王は苦痛に顔を歪めつつも神羅を憎悪に濡れた目で睨み上げて再び立ちはだかった。


「女ふたりを同時に愛そうなんざ無理な話なんだよ!どちらかが傷つき、無下にされる。そうなるのはお前だ!元々先に死ぬ生き物だろ?だったらお姫さんにその座を譲ってやれよ!」


――悪路王は、妖を殺すことのできる武器を作れる自分を憎んで殺しに来たのではないのか?

だが今の言葉を鵜呑みにするならば…

悪路王は澪を庇い、黎と澪が夫婦になるべきだと心から叫んでいるように感じる。

…それに全て正論だ。

自分は先に死に、最終的には黎と澪が夫婦になるのだろう。

他者からその現実を突きつけられて、ようやく腹が据わった。


「そう…ですね。そう在るべきなのでしょう」


「…はあ?あんたそれを認めるのかい?」


「もちろんそう思っていますよ。私は先に死ぬ定め。ですが…まだその時ではありません!」


強く言い放った時――

乱戦になって騒がしかった庭の方がぴたりと静かになった。


「…戻って来たか」


命が燃え尽きるのも近い。

その前にこの女を…帝を殺す。


澪と、黎の前で。