千一夜物語

しばらくして黒縫が部屋から出てくると、ゆっくり頷いたのを見てとりあえずほっとした。


『許可は頂きましたが…長話はしたくないとのことですので』


「分かった。お前は外に居てくれ」


また伏せた黒縫の身体を撫でて中に入った黎は、灯りもつけず床の上に座っている澪の目が赤く腫れているのを見て胸を痛めた。

何に傷ついているのか――それについては知っている。

だがここへ来てからだいぶ経つが、突然こうして泣き腫らすほど傷つくようなことをしたのかと言えば、それは違う。


「澪、具合が悪いそうだな。後で薬湯を持ってくる」


「…ありがとう」


声もがさがさで、もちろん笑顔はない。

あの笑顔溢れる澪だからこそ、それが澪だと思っているのに。

その笑顔を失くすほど傷つけたかと思うと、傍に近寄るのもなんだか怖くなった。


「…近くに行ってもいいか?」


「…どうぞ」


白い浴衣を着ているが、その色と同じくらい真っ白な顔色に不安を覚えた黎は、傍に座って固く握りしめられている拳を見つめた。


「澪…」


「私、近々ここを出ます」


「…え?」


「待っているのはもうやめにしたの。待っていても…無駄だと知ったから」


――意味が分からなかった。

‟仮面の男”は自分であり、澪にそう思わせるようなことをした覚えもない。

思わず腰を浮かした黎は、思いもよらず強い力で澪の拳を握った。


「何故諦めた?」


「…遠野に戻ることにしたの。お父様たちには怒られるだろうけど…そこは黎さんがどうにか言い訳して下さい。例えば私がじゃじゃ馬すぎて気に入らなかったとか…」


「気に入らないわけがないだろう!?」


怒声に近い声色に澪がびくっと身体を揺らすと、黎ははっとして手を離して座り直した。

澪は黙ったまま俯いている。


ここで明かすべきなのか?

澪はなんと言うだろうか?


ふたりの間に静寂が訪れた。