千一夜物語

深夜になって最も妖たちが活発になった頃――黎は澪の部屋の前に座っている黒縫の前に立った。


『黎様…今はいけません』


「急に様子がおかしくなったじゃないか。どうしたんだ、何があった?」


黒縫は顔を上げて黎をじっと見つめると、その冷淡な美貌が不安げになっているのを見て――やはり澪に何の感情も抱いてないわけではない、と確信した。


『…少々不安定になっているだけです。女子ですからそういうものだとご理解下さい』


つまりひと月に一度来る月のものが来たのだと暗に告げた黒縫の意味に気付いた黎は、少し顔を赤くしてどっかり腰を下ろした。


「本当にそうなのか?それだけじゃないんだろう?」


「黎様…澪様の状況をご理解下さい。仮面の男を待っていると言いながらもあなたの傍に居ては惹かれるのは当然のこと。妖とは強く美しい者に無条件に惹かれる生き物ですから、一緒に居るだけで苦痛を伴うこともあります」


「俺のせいだと言いたいのか?」


『…神羅様とのふたりの時間を作る度に、それを傍から見ているだけの澪様はおつらくなるばかりなのです。…あなたと仮面の男…両方に惹かれて引き裂かれるような思いになっているのです』


思わず絶句した黎は、澪が‟黎”としての自分を好いてくれていると知って――喜んでいる自分にまた驚いて、片手で口元を覆った。


あっちへふらふら、こっちへふらふら――こんな優柔不断な男だったのかと思うと情けなくて、ぎゅっと目を瞑った。


「そうか…」


『あなたの家は鬼八という男を封印するために存続していると聞いています。妻を何人も持っていいとも聞いています。…澪様も妻にはして頂けないでしょうか』


――その可能性、考えないわけではなかった。


天真爛漫で朗らかで、じゃじゃ馬で我が儘で、屈託ない笑顔に溢れた太陽のような娘。

かたや神羅は冷えた月のような美しさで、凛としているが実は純真で可愛らしい娘。


両方に癒されて満たされて――手放せない存在だと知っていたのに。


「黒縫…澪に会いたい。訊いてきてくれ」


『…はい』


黒縫がかりかりと障子を掻いて鼻面を突っ込んで中へ入って行った。

黎は何を伝えようか――何を伝えようとしているのか必死に考えて、唇を噛み締めた。