千一夜物語

空元気だった自覚はあった。

何故空元気になってしまったのか自分でもよく分からなかった澪は、あまり人気のない所に移動して鵺の両前足を取って立たせると、意外と博識の黒縫に問うた。


「黒縫、なんか胸がちくちくするの。私…病気?」


『…違うと思いますが、環境が変わったせいで少しお疲れなのでは』


「そっかな…そっか!黎さんが神羅さんと同じ床で寝たって聞いてからずっともやもやしてたけど疲れのせいだよね!」


…主を騙しているような気分になって胸が痛んだ黒縫だったが、ここで自分が全てを暴露してしまっては一体どんな地獄絵図になるのか。


黎は澪に治療されていた時は澪をとても気に入っていたように見えたが…実際は違う。

好きな女が居て、しかもそれが人――

黎が許嫁の相手だと聞いて喜んだのも束の間――それを渋ったのはそういった理由があったから。


『澪様…なるべく早くここから離れた方がいいかもしれません』


「え、なんで?私あの仮面の方を待たなくちゃ」


『ここで待っていても現れないかもしれませんよ。遠野に戻った方が…』


「そう…かな。うん…そうかもしれないけど…黎さんに相談してみようかな」


『…』


複雑に絡み合う関係図に黒縫が唸っていると、澪は黒縫の頭を撫でて一緒に母屋の方に向かった。

これから平安町に行ってできたら六郎とまた再会できたらいいなと思いつつ、何やら文の束を見ている黎の前に立った。


「黎さんそれなあに?」


「俺が鬼ヶ島に行った後から急に届くようになったんだ。大体は乱暴をする人たちをどうにかしてほしいという陳情書みたいなものだな」


「へえ、頼られてるんだね。素敵!」


思わず本音を口走ってしまった澪がはっと両手で口を覆うと、黎はふと顔を上げて少し照れたように笑んだ。


――きゅんとした。

間違いなく胸の中からそんな音がして、澪は拳で自身の胸をどんと殴った。


「澪?」


「な、なんでもないよ!じゃあお出かけしてきまーす。牙さーん!」


ささっとその場から立ち去りつつ、焦りまくる澪。


「やばいやばい…何がやばいのか分かんないけどやばい!」


仮面の男が現れるのを待っているはずなのに。

気が多い女になってしまったのかと諫めながら牙を探し回った。