千一夜物語

日中妖は活動することがほとんどないのだが、黎や玉藻の前のような長く生きている者は別だ。

多少力は弱るとしても気になるほどでもなく、牙と玉藻の前を引き連れて町へ出ると、すぐ鼻につく異臭に顔をしかめた。


「なんだこの匂いは」


「残飯や死体、風呂に入れていない者たちも多いようですわね。ご覧ください、あのあばら家を」


整然と区画整理された平安町とは違い、浮浪町は平民以下の暮らしをしている者が多く、あばら家でも屋根の下で寝れる者は浮浪町の中でも特権階級だった。

牙がよく黎をぼんぼんと言うが、金に困ったことのない黎は浮浪町に住む者たちのぼろぼろの身なりや荒んだ表情などを見てぼそりと呟いた。


「人ではなく獣以下のようだな」


「ここは打ち捨てられた者たちの集まる町ですから。…黎様?どう…されたのですか?」


「…いや、別に」


無駄に顔が整い、無駄に雰囲気があり、無駄に身なりがきれいな三人組が浮浪町の奥にある唯一この町で清潔な屋敷に住む人外――物の怪であることを知っている彼らは決して近付いてこないが、不躾にじろじろ見てくる者も居る。


食べれそうにない残飯を漁り、粗末なござを敷いて眠るような生活――黎にはそんな暮らしが想像できず、また見たのもはじめてだった。


「…玉藻、お前の術は一度にいくつ人型を出せる?」


「え?そうですわね…頑張れば百人ほどはいけますわね」


「じゃあ頑張れ。ちょっとやってもらいたいことがある」


「え?でもでもでも…頑張ればですわよ?例えばご褒美があれば」


上気した上目遣いで見つめてくる玉藻の前に嫌な予感はしたものの、思いついたことを実行するため背に腹は代えられないと決意した黎、にっこり。


「なんでもひとつ言うことを聞いてやるから、頑張れ」


「!承知!ああっ、ひとつだけなんて…どうしましょう、あれにしようかしら、これにしようかしら…!」


「黎様!俺も!俺も頑張るからなんか命令して!」


こんこんわんわんうるさいふたりを無視して一通り浮浪町を見て回った。