千一夜物語

神羅が落ち着くまで抱きしめていると、薬が効いてきたのか目尻に涙を溜めたまま眠ってしまった。

黎はその涙を唇で吸い取って床から抜け出して外へ出た。

待っていた烏天狗が寄って来ると、会話を聞かれぬよう居間まで移動してふたり座って集めてきた情報を聞いた。


「で、悪路王の行方は分かったか?」


「はい、どうやら遠野には戻っていない様子。それと人が数人行方知れずになっているそうです。帝の命を狙っている以上ここを嗅ぎ付けて襲撃に来る可能性も…」


「そうだな、浮浪町を結界で包んでいるから悪路王が入ってくれば分かる。いいか、俺も目を離さないが、神羅を…女帝をここから出すな。目的は俺ではなく女帝の命だ」


「はっ」


烏天狗が去った後、黎はひとり縁側に移動して明けてくる空を見上げた。

…神羅は澪の話になると取り乱したり冷たい態度になる。

それはつまり、少なからず自分に気があるということ。

だが調子に乗って想いを打ち明けて、断られたら?


もう二度と会わないとか――妖などに告白されて気持ち悪いとか言われたら…立ち直れない。


今でも焦がれて焦がれて仕方がないのに、本気の想いを否定されたら…


「…言えない…か」


鬼族には想いを寄せる相手ができると情熱が迸って周囲が見えなくなるほど相手を求める性質がある。

故に相手に拒絶されてもその想いを抱えたまま身の内から焼き尽くされて、命を落とす病がある。


――怖い。

拒絶されるのが、怖い。


「…待つ。振り向いてくれるまで」


人としての寿命は短い。

その短い生の今後全てを自分と共に生きてほしい――


「…関白の男が言うように、他の男に髪一筋もくれてやるつもりはない」


この胸の奥底にある熱い塊がある間は、神羅を密かに愛し続ける。


絶対に絶対に、神羅の心を得てみせる。