千一夜物語

幸せな気持ちになった。

神羅は嫌がらず、つまり拒絶されていないのだと分かると、抱き寄せて額に口付けをした。

傷が深いためそれ以上の行為には及べなかったが、もしかして神羅は自分に気があるのではと思わせるに十分だった。


「何もしないと言ったのに…この助平」


「あれしきのこと助平と言われる内には入らない。さあ、早く寝ろ。でないと俺の気が昂って止められなくなる」


神羅はひたと黎を見据えて光の瞬くその目に見惚れた。

嫁の居る男――分かってはいるが、嫁の方はきっとやきもきして仕方がないだろう。

あまりにも自分も黎も身勝手で、自分に気があるようなことを言う黎に若干怒りすら覚えた。


「黎…お嫁さんはどうしていますか?」


「その辺に居る。お前と話がしたいとか言って部屋の周りをちょろちょろしているから少し落ち着けと怒ったところだ」


「私と…話を?」


緊張と不安で息が止まりかけた。

糾弾されて二度と黎に会わないでくれと言われるのは分かっている。

そして黎の砕けた口調にふたりの仲が良いことが滲み出ていて、本当に身勝手だが悲しくなった。


「そうですか…。怒っているんでしょうね」


「は?あいつが?怒るわけないだろう、お前の傷の具合はどうだとかいつ頃話ができるのかとか四六時中訊いてきて鬱陶しいくらいだ」


「え…?」


「あいつは…澪は人が好きなんだ。短い命を懸命に生きてそれが輝いて見えるらしい。だからお前とも話したいと言っている。具合が良くなったら会ってやってくれ」


――悪い娘ではないと分かると余計に自分の浅ましさを痛感して、黎の胸を押して離れた。


「神羅?」


「妖の道理は分かりませんが、人は所帯を持ったら他の女に現を抜かさぬものですよ。お主は私を食おうと見張っているのでしょうが、もう先程のように唇を求めたりしないで下さい。澪…さんに悪いですから」


かっときた。

妖も所帯を持てば浮気をする者はほとんど居ない。

神羅に冷たくされてかっときて、嫌がるその身体を抱き寄せた。


「嫁としてここに来たが、祝言も挙げずあれを娶るつもりはない。だから俺は独り身だし、好きなようにする」


「…独り身…」


惑わされる。

神羅は何度も首を振って期待を打ち消し、離してくれない黎の胸を何度も拳で叩いた。