千一夜物語

目覚めたばかりの神羅の体調は芳しくなく、また高熱を出して床に伏せなければならなかった。

とても苦しくて痛くて、胸の傷がじくじく痛む。

だが気丈な気性の神羅はそれを口に出さず、看病してくれる黎を熱に浮かされながら見つめていた。


「あいつは帰ったぞ。お前は何も気にせず養生しろ」


「…黎…私は…お主にひどいことを言って…」


神羅が何を言わんとしているのか分かっていたが、黎はそれには答えず手拭いを冷水に浸して絞り、神羅の額に乗せた。


「悪路王の行方は調べさせている。何か妙な気配だったが…俺の仲間は優秀だから居所はすぐに分かるだろう」


妖は種族毎に独自の情報網を持っている。

悪路王が現れた後すぐ調べさせるように命じたため、そろそろ新しい情報が入るはず。


「黎、私はお主に謝りたいのです」


「…俺は事実を言い、お前はそれに対して怒りを見せた。その理由を訊こうか」


「え…」


「何に怒った?嫁のことか?それしかない気がするが」


――好きだと言ってしまえば、この男はどうするだろうか?

自分を食うことを目的として傍に居るわけで、しかも嫁が居る身。

この屋敷にその嫁が居るはず。


死を実感して想いを打ち明けず死ぬのは嫌だと思ったが、状況を鑑みれば告白するのはあまりにも無謀。


「…お嫁さんが居る身で私を抱こうとしたり食おうとしたりするからです。私はお主の言う対価を受け入れたわけではありません。お嫁さんを大切にしてあげて」


「…」


黎がきれいな顔を歪めて不快そうな表情を見せたため、神羅は目を閉じて見ないようにした。


できれば、このままもうつれなくしてほしい。

そうしてくれたら自分は傷つくだろうけれど、黎の嫁は傷つかないし、こちらが断固として受け入れないという姿勢を示すことができたら黎も諦めてくれるはず――


「神羅」


「…」


「嫁は俺の本意じゃない。神羅、俺はお前を…」


言葉を切った黎が何を言おうとしているのか気になって薄目を開けると――黎は神羅の鼻にがぶっと噛みついて耳元に息を吹きかけた。


「だから俺はお前を抱くし食うし、諦めない。絶対に」


――絶対に、夢中にさせてみせる。


最後の言葉を飲み込んで、部屋を後にした。