千一夜物語

業平が会いに来たことに驚いた神羅は、玉藻の前に痛みが軽減する術をかけてもらった後、背筋を正して業平と会った。


「床の中からすみません。先程目が覚めたばかりで…」


「神羅様…お傍でお守りできず申し訳ありません」


お前が傍に居ても何の役にも立たなかったが――と心の中で呟いた黎は、ふたりを見張るため壁にもたれ掛かって腕を組みながらふたりが話しているのを見ていた。


「いいえ、黎が途中来てくれたおかげで命だけは助かりました。…私を迎えに来たんですね?」


「はい。ですがその前に一度傷を見た方がいいと言われまして」


場所が場所なだけに傷口を晒すことができず、神羅は少しだけ浴衣をずらして血の滲んだ左胸を一瞬だけ見せた。


「!神羅様…!大怪我ではないですか!」


「まだ体内に毒が残っているそうです。業平、申し訳ないですが私はしばらくここで療養します。またあの妖が私を襲いに来るかもしれないし…」


「…そうですか…その方がいいかもしれませんね。有事の際はまた謁見に参ります。朝廷の方は私にお任せを」


「頼みましたよ、業平」


ふたりが見つめ合ったのを見た黎は、小さく舌打ちをして障子を開けた。


「終わったな、もう戻れ。神羅のことは心配するな」


「…くれぐれもご自愛を」


まんまと業平を追い出すことに成功した黎は、玄関に向かって歩きながらほくそ笑んでいた。


「神羅様以外にも女子が居るのですね。あのように可愛らしい女子も妖なのですか?まさかあの女子もあなたの…」


「お前には関係ない。神羅の傷が治り、神羅を狙う妖を殺したら朝廷に戻す。それまではお前がなんとかやりくりしろ」


待たせていた牛車に乗り込んだ業平は、御簾を下げる前にもう一度だけ黎に念押しをした。


「くれぐれも神羅様には手を出されませんように」


「お前にも同じことを言っておく。神羅には絶対に手を出すな。出したらお前を殺しに行く」


口をへの字に曲げた業平が浮浪町を去って行く。


さて、どう想いを打ち明けるべきか。

難題が黎を苦しませていた。