千一夜物語

浮浪町の見回りを任されている赤鬼と赤鬼が連れてきたのは、朝廷の関白――業平だった。

理知的れ冷静な顔つきの男は黎の前で畏まって正座して座り、深々と頭を下げた。


「やはりあなたが神羅様をお守りしていたあの夜叉の仮面の方だったのですね」


「俺を調べていたのか」


「それはもう神羅様はこの日本国において大切な御方ですから」


「お前にとって…の間違いじゃないか?」


――黎と業平の視線が交差して火花が飛び散った。

牙や玉藻の前は黎に何かあってはいけないと控えていたが、業平は丸腰で全くといっていいほど無防備だった。


「で、神羅様をお渡しして頂きたいのですが」


「あれはまだ動かせる状態じゃない。お前は神羅が襲われていた間何処に居た?姿が見えなかったようだが」


「それについては言い訳いたしません。私は神羅様とほぼ同じ権限を持っているため、あの方が御所にお控えになっている間は政務を司っておりますので」


「四の五の言い訳はいい。神羅が襲われて怪我を負ったのは明白なんだ。地方で治療しているとでも言っておけ」


業平は凄まじく顔の整った黎を値踏みするように見ていた。

妖でありながら神羅を守っている理由は知らないが、神羅も信頼を置いて傍に置いている。

だがふたりの間には、燃え上がるような何かがある――


「…神羅様が女子である以上、いずれ婿を取って御子をお産みになって頂く身。まさかやましい思いを抱いているわけではありますまいな?」


「……やましい思いを抱いているのはお前の方じゃないのか?」


険悪な空気が流れた中、ひとり明るい声を出した者が在った。


「ねえ、難しい顔してるけど、神羅さんの傷を見てもらったらいいんじゃない?絶対安静なんだって知ってもらった方がいいと思うの」


無表情だった黎の空気がふっと和らいで、腕を組んでひじ掛けに頬杖をついた。


「そうだな、目が覚めたばかりだがそれがいい。ついて来い」


澪とすれ違いざま、また頭を撫でた。

その手はとても大きく優しく、澪は頬を赤らめて俯いて顔を見られないようにした。