千一夜物語

その数時間後――澪は面白い光景を見ていた。


昼を過ぎそうな頃、続々と獣型の妖が集まってきては、口に自前の櫛を咥えて一列に整列していた。

十数匹が集まって皆一様になんだか嬉しそうにしていた。


「く、黒縫…何が始まるの…?」


『さあ…なんでしょうか…』


澪と黒縫が固唾を呑んで見守っていると、黎が自室から出て来て欠伸をしながら縁側に座った。

牙がさっと茶を出してそれを一気飲みした黎は、一列に行儀よく並んでいる妖に鼻を鳴らした。


「なんだ、今日は多いな」


「黎様!お願いします!」


犬鳳凰、大猫、青鷺火――澪が見たことのない妖も多く、先頭に並んでいた玉藻の前が口に咥えていた櫛を黎に差し出すと、ひょいと脇を抱えて膝に乗せた黎は、丁寧な手つきで毛を梳いてやっていた。

一匹につき数分程度のことだが、黎を慕って集結した彼らにとっては至福の時であり、澪は目を真ん丸にして飽きもせずにその光景を見ていた。


列が途切れそうになると黒縫がもじもじし始めて、それに気付いた黎は手を差し伸べてふっと笑った。


「お前は自前の櫛はあるのか?」


『はい。黎様、私もその…よろしいでしょうか』


「ん、来い来い」


澪が止めようとしたがするりとその手を掻い潜って黎の傍らに伏せた黒縫の虎の毛並みを梳いてやりながら、黎の顔が輝いているのを見た澪は、この男は悪い男ではないと確信を得ておずおずと声をかけた。


「あの…黒縫はもう少し強く梳いてやった方が喜ぶの」


「ふうん、そうか。ほら、腹の方もしてやる」


完全服従――

とうとう腹まで見せて黎に身を委ねて恍惚の表情になっている黒縫についぷっと笑いが漏れてしまうと、黎がそれを横目でちらりと見てはにかんだ。


その優しげな笑みにどきっとしてしまった澪がぱっと顔を逸らすと、黎は黒縫を立たせてやって最後に待っていた牙に取り掛かった。


「黎様!がしがしして!強くして!」


「じゃあお言葉に甘えて」


「痛い!痛い痛い痛い!それやりすぎ!」


はははと笑い声が上がる妖たちの輪はとても温かく、澪の緊張もかなり解れて小さな声で黎に問うた。


「あの…部屋を見て回ってもいい?」


「好きにするといい。まだ改装途中の所もあるから気を付けろ」


――この男は、あの仮面の方に似ている…


ぼんやりとではあるがそう思うと興味が湧いて来て、それから澪は黎の観察を始めた。