千一夜物語

黎が自室に籠もると、澪はつのかくしを取って黒縫にもたれかかって息を吐いた。

あちらがどう出るか緊張していたが…どうやら話の分かる男らしい。


「黒縫、何を話していたの?」


『特に何も。急に嫁が来て驚いていると言っていました』


「そう…。ねえ、あの人私の部屋に来た?その…一応昨晩は初夜だったでしょ?」


『いえ、縁側から一歩も動きませんでした。澪様、あの方…黎様は無理強いはしないと仰っていますし、素敵な方ですね』


――黒縫がそうしてよく知らない男を褒めるのは、これでふたり目だ。

その世にも珍しい身体を無防備にして撫でさせるのも、ふたり目。


「あなたもう仲良くなったの?仮面の方の時もそうだったけど、懐くなんて珍しいね」


『…私はあなたを幸せにしてくれる男だったら身体を触らせます』


つまり黎を澪の夫として認めてもいいという趣旨の発言をした黒縫の蛇の尻尾を手に取ってぶんぶん振り回しながら、左の頬の下に彫られた入れ墨を手で撫でた。


「こんな顔になった私を仮面の方はお嫁さんに貰ってくれると思う?」


『もしまた再会できることがあればきっと些細なことだと笑ってくれるでしょう』


――澪は広大な庭を眺めた。

まだ屋敷の中も満足に見て回っていないが、…ここはどうやら住み心地が良さそうだ。

黎の言うように、破談になるまではここであの仮面の男を待つ――そう決めた。


「また早く会いたいな…」


…すぐ傍に居るのに。


口止めされた黒縫は何も言わず、澪が自身でそれに気付くまで口を閉じることにした。