次の日、学校が終わって帰宅した後。今日は野球の練習がないとのことでバッティングセンターに向かった蒼を見送って、私はまた父たちの寝室に忍び込み、クローゼットからグローブとボールを拝借した。
庭に出て、壁にボールを投げては跳ね返ってくるボールを何度も捕球する。
同じことを繰り返しているだけなのに……なんでだろう?すごく楽しい。
あの時の衝撃を思い出す。
空が青くて、今日みたいにすごく暑くて。
彼以外のみんなが息を飲んで彼の投球に釘付けになっていた、あの光景。
彼方みたいに綺麗に真っ直ぐ、ボールを投げたい。
「ストライーク」
「……⁉︎」
上から降ってきた声。驚いて顔を上げる。そこには昨日と同じように彼方がいた。目が合うと、「よっ」と片手をあげた彼は白のスポーツバッグを先に庭に落とし、
「よいしょっと」
そのような億劫な声を出しながら、昨日と同じようにいともたやすく塀を乗り越えてきた。そして着地。前も思ったことだけど、その身軽さから類まれな運動神経を感じる。
「もうそんないい球放るようになったんだ。やっぱすげえわ、お前。才能あるよ」
「そう、かな」
「まあでも俺と比べりゃまだまだだけどな」
私の方は見ずにスポーツバッグからグローブを取り出した彼方は次に「ん」と左手を前に出して構えた。まるで投げろと言わんばかりに。
戸惑いつつも頭の中で彼方の投球フォームを想像しながら、目の前にいる彼方に向かってボールを投げた。彼方が易々と私の投げたボールを捕る。
今、生まれて初めて誰かにボールを投げた。
グローブにボールが収まる時の音が爽快でとても気持ちがいい。
炭酸がよく効いたソーダのキャップを開けた時のような感覚に似ている。



