驚いたように振り返った彼方が目尻をさげて、柔らかく笑う。
「おはよ」
彼方と蒼に挟まれて歩く。
野球を始める前は、ただふたりの背中を見ていただけだった。
彼方の背中を見つけて真っ先に走っていっていたのは蒼のほうだった。
そして私は蚊帳の外で唇を尖らせていた。
「ふふっ」
「なに笑ってんだよ?」
「ううん、べつにっ」
不意に彼方のピッチングに目を奪われる前の世界線を思い出して、笑ってしまう。
野球の話に花を咲かせて、盛り上がっていた二人を疎ましく思っていた時期がもう懐かしい。
桜の花びらが風に吹かれて舞う。
あの日あの時、本当に駄々をこねて泣き喚いて、試合を観に行かなかったとしたら。
今、私はきっと、ふたりとこうして並んで歩いていない。
蒼とも、毎日学校へ一緒に行くぐらい仲良くはなかったかもしれない。
お互いを毛嫌いして、離れていたかもしれない。
"if"を想像すると、とても、数えきれない。
甲子園に出られないと泣いた小学生の私。
長く生きられないと絶望した中学生の私。
高校生になったらなにが私を待っているのかな。
「卒業証書、授与──」
式が無事に執り行われた。クラスで最後のホームルームが終わり、卒業アルバムのメッセージ欄に互いにメッセージを書き合った。
野球部で同じだった男どもは「俺のサイン」と言って沢山の読めないサインを残していった。
そして卒業証書を手に昇降口を出る。
風が強く吹き、桜の花びらが一斉に舞った。
暴れる髪の毛を手でおさえると少し離れたところから「先輩!」と呼ぶ声。
野球部の後輩たちみんながそこにはいた。



