壁に当たったボールはツーバウンドして帰って来た。私のへなちょこな投球では、ゴロで返ってくるのが関の山だったのに。すごい。
仏頂面な彼から「ほら」と、返されたボールを受け取った。
ボールをしばらく見つめていると、彼方から見られていたことに気づく。
「そっ、そういえば、なにしにきたの?ドロボー?」
「はあ?バーカ。蒼を迎えにきたんだよ」
「蒼ならさっき出てったよ?」
「まじか。入れ違ったか」
ユニフォームのポケットに手を入れた彼は舌打ちをした。スポーツバッグを左肩にかけている。練習に一緒に行こうとでも約束していたのだろうか。
「お前さ」
「ん?」
「……野球、やりてぇの?」
不意をつかれたというか。
まさか、言い当てられると思っていなかったから。
すごく動揺した。
「そ、そんなわけ……」
「でもお前、野球うまくなると思うよ」
「え?」
「投げ方綺麗だし、捕球するときもちゃんと腰が落ちてる」
「……っ……」
そんな無表情な顔で、褒めないでほしい。
だけど心は嬉しがっているらしい。頬が緩みそうになる衝動を必死に抑えている。
「明日の放課後」
「え?」
「迎えに来るからグローブ持って待ってろ。じゃな」
え、あ、ちょ……っ。
言い捨てられた言葉。私は手を伸ばしたまま、ひとりその場に立っていた。
待ってろって……なに?どういうこと?明日、なにがあるの?
戸惑いながら自分の胸がドキドキしていることに気づいた。私はその後も陽が落ちるまでボールを壁に投げ続けた。



