夢なんてきっと持てなかった。
彼方とふたりで夢を描くこともなく、彼方を好きになることもなかった。


違う誰かに初恋をして、違う人生を歩んでいたに違いない。


──コンコン。


病室の扉をノックする音。
「はい?」と返事をすると扉が開かれた。
そこにいたのはユニホーム姿の彼方だった。


「よう」

「彼方⁉︎」

「お見舞いにきた」


突然の訪問に驚きを隠せない。
反射的に立ち上がってしまった。
しかも、弟の蒼より先に来るなんて。


「どうして……蒼は?」

「あいつシャワー浴びてからいくって言ってたから」

「……から?」

「待ち切れないから先にきた」


待ち切れないって……。


「あ。待ち切れないのは俺じゃなくて遥香な? 寂しくて耐えられないと思って」

「……っ」


面食らう私に目もくれず、彼方は「ん」と私にコンビニの袋を差し出してきた。


「これ、遥香が好きなやつ」


受け取ると中にはプリンが入っていた。たしかに私が大好きなやつだ。しかもなぜかふたつ。


「一緒に食おうぜ」


病室の椅子に腰掛けた彼方。
彼方のペースに巻き込まれるように「うん」と頷いて、ベッドにもう一度座り込む。


プリンの蓋をあけて、スプーンで掬う。ひと口パクっと食べるとカラメルの苦みと甘さが混じりあって鼻の奥に抜けた。


「美味しい」


呟くと彼方が嬉しそうに鼻で笑う。


「遥香、そんな病弱だったっけ?」

「……私だってか弱い女の子だよ?」

「なるほど」


いや、そこは否定してもらわないと。
恥ずかしくなるんですが。