目にぐっと力を込めて蒼を見る。



「どうしてだよ、あいつは遥香にとって特別だろっ?」

「そうだよ。でも、だから……言わないで。言ったら殺す。縁切る。絶交するから」


幼稚な言い分だとわかっている。
それでも彼方には言わないでいてほしい。


「あいつ怒るぞ」

「いい。悲しまれるよりか怒られたほうがマシ。あと彼方以外にも言わないで。病気のことは家族以外には秘密にしたいの」

「……わかった」


納得していないことが伝わってくる返事だった。


しばらく無言でいると、「遥香、お腹すいたな」と蒼が言うので頷いてリビングに向かった。
キッチンに立つお母さんの目は赤く、ソファに座る父の目も赤かった。


きっと泣いたんだ。私が、泣かせた。


「さあ、今日はご馳走よ」

「うわあ! 美味そう!」


お母さんが食卓に作った料理たちを並べる。
チキンに、シチューに、サラダに、ケーキだ。


どれも私が好きなものばかり。


いつもの席について、シャンメリーをグラスに注ぎ、みんなで笑って乾杯をした。


心の中では、涙の雨を流して。それを隠すように。


──その数日後、私は精密な検査を受け、自分の頭の中の腫瘍が悪性であることを知った。



***


私の腫瘍は、頭頂葉にある。
今は酷い頭痛に悩まされているが進行していくにつれ手足に痺れの症状が出たり、他の部位に移転すれば言語障害、記憶障害などの症状も出るらしい。


ゆっくり、私はいろんなものを失っていくんだ。


自由、言葉、記憶。そして、いずれは命。


私を絶望させるには、どれも十分すぎた。