そしてまた私の腕を引いて走り出した彼方に、私は黙ってついていった。


「……俺がダメなんじゃなくて、"俺以外はダメ"の間違いだろうが」


青葉先輩の呟きは、私の耳には届かなかった。


私の手首を持つ彼方の手、そして筋肉質な腕をたどって背中を見る。
ずっとずっと、私はこの背中を追いかけてきた。


野球なんて泥臭いスポーツまるで興味なかったのに、あの夏、私の世界はたった一瞬、彼方の一球で簡単に覆された。


あの日からずっと私は彼方に憧れている。


まるでキラキラ光る宝石にうっとり心を奪われたように、私もその宝石になりたいと無謀なことすら願ってしまうほど、首ったけ。


廊下をしばらくひた走り、誰もいない廊下で立ち止まった。


「彼方……?」

「……先輩となにしてたの」

「なに……してたんだろう?」


ふと先ほどまでの過程を疑問に思い、顎に手をやって考える。


「そうやって誤魔化さないで」

「え? いや、別になにもしてないよ? 話してただけっていうか」

「ウソ」

「本当だよ……!」


なんでそうなるんだ。

否定しても、彼方の目は疑いをもっている。それがヒシヒシと伝わってくる。


「じゃあどうしてあんなに近かったんだよ」

「近かったかな」

「……鈍感にもほどがあるだろ」


どうしてそんなに怒っているの?


むっとしたように口をへの字にして、普段のポーカーフェイスはどこへいってしまったのやら。


「……野球サボってまで青葉先輩といたかったのかよ」

「ち、ちがうよ⁉︎」

「中学にあがったから、野球より大切なもの、できたのか?」

「だから違うってば!!」


思いきり叫ぶと、彼方が驚いたようにギョッと目を見開いた。


「野球より大切なものなんてないよ。彼方と野球するより楽しいことなんてこの世界にないんだから!」