なにを生意気なことをって、青葉先輩に言われる覚悟だった。
だけど嘘はひとつもない。
先輩は面食らったように目を見開いたあと、「はっ」とこぼすように息を吐いて笑った。そして参ったといった風に手をあげて、首を振った。
「……負けるな、遥香ちゃんには」
上目遣いで言った青葉先輩は、なにかを振り切ったように一度上を向く。
「あー、腑抜けてる俺、かっこ悪すぎじゃん?」
「今さら気づいたんですか?」
「ひどいな」
「ははっ、ごめんなさい」
からかいたくなったと言ったら、今度こそ青葉先輩に怒られてしまうかな。
「よっしゃ、んじゃ、練習に戻るか」
「はいっ」
立ち上がった先輩に倣って私も立ち上がる。
すると廊下をチラッと見た先輩が「あ、ちょい待ち」と私を引き止める。
青葉先輩のほうに顔を向けると、青葉先輩の手が真っ直ぐに私に伸びて、前髪にちょんと触れた。
「……じゃあ俺、君のことも本気で狙いにいっていいかな?」
「えっ?」
そして、指先が頬に触れる。
戸惑った、その一瞬。
走ってくる第三者の足音。腕を誰かの手につかまれて、視界がグラリと揺れる。
なにが起こったかわからなかった。
けれど私と先輩の間に、さっきまでいなかった彼方がそこにはいて、掴んだ私の腕を引いて私を教室の外まで連れて行く。
廊下に出て、急に立ち止まった彼方が後ろにいる青葉先輩を横目で見て「……青葉先輩はダメだよ」と内に秘めた感情を静かに吐いた。



