「……べつに」
唇を尖らせて、目線をそらした。
ただ、野球に興味が出てきただけ、なんて、言えない。
今までさも興味がない、観戦に行きたくないと散々駄々をこねてきた手前、簡単には口に出せないのだ。
楽しそうだった。
投げて、打って、走って、叫んで、喜んで、悔しがって。
みんな、一生懸命にひとつのボールを追いかけていた。夢中だった。
なにより彼方だ。教室じゃ、あんなにいつもつまらなそうにしているのに。
かっこよかった。
ボールを投げる姿、綺麗だった。
ドキドキした。私も、あの中に混ざりたいって、思ったんだ。
***
翌日。夏休みが終わり、今日から二学期が始まる。
毎朝恒例のランニングから蒼が帰ってくる時間に、いつも私は歯を磨いている。今日もその時間に蒼が帰ってきた。
急いでシャワーを浴びて、夏だからって髪の毛を自然乾燥させている。
「行ってきまーす」
「行ってきます」
母が作った朝食を平らげて、ふたりで家を出た。
ランドセルの黒と赤が並ぶ
蒼の左手には今日もグローブがはめられていた。
「学校行くときはグローブいらないでしょ」
「いるよ。肩見放さず持って、身体の一部みたいにしたいんだ」
「ふぅーん?……彼方みたいに?」
「げっ、なんでわかった⁉︎」
「……わかるよ、それぐらい」
蒼は彼方のこと、かなりリスペクトしているし。
野球始めてからは口癖みたいに彼方彼方って、台詞の端々にくっついている。
「俺も早く彼方みたいに野球が上手くなりたいんだ」



