泣きそうになった、その瞬間──。
「すみません。先輩、こいつとは俺が組みます」
それは、彼方の声だった。
同時に私のかぶっていた帽子がずれ、視界が暗くなる。
彼方が頭に手を雑に置いたからだ。
「あ、そう?」
「はい」
「んじゃ、よろしく?」
あっけらかんとした先輩の声色。
先輩がどこかへ行く足音。
彼方の手が頭からどくと、私は帽子をもとに戻して隣に立つ彼方と対峙する。
なんだか素直になれなくて、くちびるを尖がらせた。
「……ありがとう」
「は? なにが?」
私がなにに対して"ありがとう"と言っているのか本気でわかっていないみたいな口ぶりと態度。
「~~! もうっ、ありがとうってば!」
「意味わかんね。さっさとやんぞ。お前からな」
「え⁉」
なんで私からなのと、文句を散々垂れ流しながら腹筋を根性だけで頑張った。
最後の方はお腹の筋がつりそうになりながらも、なんとか100回終えることができた。
なにがしんどいって、部長のカウントについていくことだ。
地面に四つん這いになって、肩で息をする。
ぴくぴく痙攣する腹筋に、明日筋肉痛になることを確信した。
そして次に腹筋をする彼方の足をおさえた。
終始涼しい顔でこなす目の前の男をジト目で見る。
「……なんだよ」
「きつくなさそう」
話す余裕まであるらしい。
「当たり前だろ。家で腹筋なんて300回は毎日してる」
「まじ?」
「まじ」
300回は無理だ。絶対無理だ。やったらお腹の筋肉おかしくなる。いや、間違ってもできないけど。



