監督の言葉に戸惑いを隠せない。呆気に取られる私に蒼がヘルメットとバッドを手渡してきた。私は受け取って、ネクストバッターボックスに入る。
白い円の中で私はひとり、緊張に身体が硬直していた。鼓膜が自分の心臓の音に支配されている。さっきまで聞こえていた両チームのかけ声が嘘のように聞こえない。
六年生たちも手こずっているピッチャーから、ヒットなんて打てっこない。しかも初めての試合なのに。
バクバクうるさい鼓動。緊張で手が震える。
目を強くつむっていると、急に誰かが肩に手を置いた。
はっと目を開けると、「お前なら大丈夫だ」と耳元で声がした。
「いつも通りバッドを振ればいい。お前、いつも誰とキャッチボールしてる? あのピッチャー、俺よりだいぶしょぼいぞ」
はっと振り返ると、この試合欠場していた彼方が笑っていた。調整するとこの試合の間、ランニングに勤しんでいたのに。
どうしてベンチに帰ってきたの? もしかして、私がネクストバッターボックスに入ったのが見えたから?
ふっと息をこぼすように笑った彼方が私のかぶるヘルメットに手をポンと置いて、ベンチに下がっていく。
心臓の音が小さくなる。手の震えが止まった。ベンチのほうでは監督から「なにやってんだ」って彼方がすこしだけ怒られている。
確かに、いつも私は彼方とキャッチボールをしている。最近はピッチング前の肩慣らしにも付き合っているし。
本気のピッチングを受けたわけではないのだけど、それでも彼方にあって相手のピッチャーにないものが確実にある。
野球を始めたばかりの女の子がなに偉そうに言ってるんだって話だけれど、感じるものがある。
前の打席の六年生が三振して帰ってくる。これでツーアウトだ。ランナーも出ていない。現在一点差。
「お願いします。お願いします!」
バッターボックスに入る前には主審と相手ピッチャーにそう言えと、礼儀に厳しい監督の教えだ。



