驚くお母さんを尻目に、私は今度は玄関まで駆け抜ける。靴を履いて、その勢いのままに外へ飛び出した。
髪の毛が軽い。いつもより早く走れている気がする。今なら五十メートル走で新記録を出せそうだ。
彼方と蒼がいるバッティングセンターまで急ぐ。どんな反応をされるだろう?どんな言葉をかけられるだろう?
新しい私。まるで生まれ変わった気分。
バッティングセンターに駆け込む。カーン。キーン。清々しい何個もの金属音。ちょうど最後の一球を打ち終えたのか、彼方がバッターボックスから出てきた。
彼方が私を見る。彼方のバッティングを見ていた蒼が彼方の目線に気づいて私を見る。
「遥香……⁉︎」
蒼が驚いた様子で私に近寄り、短くなった髪に触れた。
「こんなに短くしたの⁉︎」
「うん」
「えー⁉︎」
目を丸くした蒼が「髪の長い遥香が好きだった」なんて唇を尖らせている。
彼方は「うん」と一言だけ。これは蒼の意見に同意したような言い方ではなかった。
どちらかというと"これで野球する準備が整ったな"って言われているようだった。
ワクワクとドキドキが止まらない。
あんなに興味がなかった野球。
暑くて、泥臭くて、うるさくて、難しそうで、監督も怖い。
そんなマイナスな印象しかなかったのに。
その世界に踏み込みたくてうずうずしているのだから、人生どんなことがきっかけで価値観が百八十度変わるかわからない。
「よっしゃ、じゃあ遥香もやろう!バッティング!」
「わわわっ」
蒼に背中を押され、バッターボックスに入る。
ふたりにあれやこれや指導され、一時間後にはバットの芯でボールを捉えることができるようになっていた。



