私は憧れている。たぶん、きっと、彼方に。
彼方の野球を見て、私は野球に惹かれた。
こんなに才能溢れる人が身近にいた興奮と、その発見によって最大限に引き出された野球の魅力。それらに私の興味は引っ張られている。
早く追いつきたい。遠くにいる、彼方の背中に。
***
「本当にいいの?」
「いいの。早く切って」
帰宅して、蒼はランドセルを部屋に投げ捨てるとそそくさとバッティングセンターに行ってしまった。
私は渋っているお母さんの手を無理やりに引き、庭に椅子を出して座った。
私たちがお母さんに髪の毛を切ってもらうときは、いつもこうなのだ。
私の決意が硬いことにお母さんが根負けして「後悔しても知らないからね」と半分ため息を吐かれながら首にタオルを巻かれた。
「いいのね?」
「うん」
ジョキ、ジョキ。自分の髪の毛がハサミによって切られる音が耳元でする。普段よりゆっくりハサミを入れられていることから、いつもより慎重に切り揃えられているのがわかる。
鏡がないから、自分がどうなっているかわからない。だけどドキドキしている。
私の心臓、ずっとドキドキしっぱなしだ。
「できたわよ」
母の言葉を皮切りに、私は鏡のある洗面台に急いだ。うずうずしていた。新しい自分の姿を確認したくて。
勢いあまりすぎて、廊下を走っていると洗面台入り口を通り過ぎようとしてしまった。慌てて急ブレーキで止まると、鏡の前に立つ。
短く切りそろえられた髪の毛。生まれてからずっと髪の毛は伸ばされていたから、こんな髪型に自らしたのは生まれて初めてだ。
鏡に映る自分はまるで私じゃないみたいで、目をパチクリさせた。
「お母さん!バッティングセンター行ってくる!」
「え⁉︎いまから⁉︎」



