どれくらいの時間がたったのだろう。

ふとカチャカチャと金属が動くような音がした。だが、すぐにそれは止み、次にバンッと音をたて、ドアが蹴破られる。

(………?……誰ですか?……)

尋ねる声は、口から溢れなかった。

「レディがいるには、不似合いな所だね」

聞き覚えのある声が聞こえたかと思うと、体が浮き上がる感覚がした。

「お待たせ、お姫様。残念ながら君の助手君ではないけれど、ガッカリはしないでね」

「……フラン………ツ………何故―」

「今はジルだけどね。さて、何故ここにいるのかという質問か、それとも何故ここが分かったのかという質問のどっちかは知らないけど」

フランツは余裕の笑みを浮かべ、ドアの外へと出る。

「今は君が何より優先だから、細かいことは後で助手君から聞いてね。さて、そろそろ来る頃かな……立てるかい?」

「はい」

夜空には雲が薄くかかった半月が浮かんでおり、この辺りはガス灯も少ない。

おまけに倉庫は廃墟のようにぽつんと、住宅街から少し離れた所にあった。

アマネを隠すのには、丁度良かったのだろう。

フランツに降ろしてもらい、アマネはフランツが見ている方向に目を向ける。

「……彼女を、呼んだんですか?」

「うん。君をあんな所に閉じ込めたお嬢さんには、お灸を据えないとね。僕は紳士だけど、自分のものを勝手に傷つけられるのは嫌いなんだ」

口調は軽いが、目は鋭い。怒っているのだと分かる。

「……貴方のものになった覚えはありませんが?」

「クスッ、そうだね。……さて、ご登場だよ」

ドレスの裾を持ち上げながら、バタバタと走ってきた女性は、アマネの姿に足を止める。

「な、何で外に……どうやって」

「僕が助け出したからだよ。お嬢さん」

「……ああ!私の愛しい人!私ずっと待っていたのよ」

女性はフランツに気が付くと、うっとりと目を細め手を組む。

「色々言いたいことはあるけど、そもそも君は誰?」

「忘れてしまったの?レイチェルよ!貴方の運命の相手なの」

フランツの予想以上に女性―レイチェルの頭がいってそうだと思うと、フランツは肩をすくめる。

「それじゃあミス・レイチェル。確認したいんだけど、僕と君はほぼ初対面の他人だと僕は記憶してるけど、君はどうして僕を運命の人だと思ったのかな?」

「私に、貴方は初めて優しく微笑んでくれた人なんですもの!貴方の笑顔が、私の光。私の希望なのよ!貴方は太陽のような人だもの」

太陽と言うレイチェルに、フランツは笑みを消す。

「……僕は君が思っているような人間じゃないよ。少なくとも善人とは言えないね。何せ、僕は嘘つきだから」

「そんなこと無いわ!貴方はとっても素敵な人よ!!」

「それはそれは、随分買い被られてるね。けれども、君の方は素敵な女性とは言えなさそうだ。僕の大切な人を閉じ込めたんだから」

その言葉に、レイチェルはキッとアマネを睨む。

そんな風に言えば、レイチェルを刺激すると分かってて言ったのだ。

「貴女、私の運命の人をたぶらかしたの?」

「……たぶらかした覚えはありませんが、貴女には何を言っても通じないでしょう」

アマネの言葉が気に入らなかったのか、レイチェルは懐からアマネの拳銃を取り出す。

「……撃てますか?銃など扱ったことは無いでしょう?」

「簡単じゃない!この引き金を引けば良いんでしょう?」

レイチェルは笑って引き金に指をかける。

だが、銃口が俄に震えていて、狙いが定まっていない。

「撃ってみてください」

「……言ったわね。死んでも知らないわよ!」

アマネはレイチェルの元へ、一歩一歩距離を詰める。

冷静なまま、自分の側にやってくるアマネに、レイチェルは言い知れぬ恐怖を感じた。

フランツは身動きせず、二人の成り行きを見守っている。

「こ、来ないで!!本当に撃つわよ!」

「どうぞ。当たりませんから遠慮なく撃ってください」

「っ!!」

アマネの挑発するような言い方に、頭に血が登ったレイチェルは、引き金を引いた。