(君が私の助手になり、私の世話を焼いて、苦労しながらも私の側にいてくれる。たがら、私はそれに甘えていました)

コーヒーをどれくらい飲めば危ないのかはちゃんと知っていた、食事に入れてはいけないものと入れて良いものをブレンドしたらどうなるかも知っていた。

けれども、止めなかったのは、生きることが怖くなったからかも知れない。

倒れない程度に加減をしながらも、ふとしたことから量が増える。

事件の無い日は嫌でも自分の脳に記憶された過去が、自分を責めたてる。

何でも記憶してしまえる脳から、消したい部分だけを選んで消すことなど出来ない。

記憶喪失にでもならない限り無理だろう。

そんな恐怖を和らげるため、コーヒーを飲み続けていた。一種の薬のように。

けれどもウィルが来てから、徹底的に管理されているため、前より飲む量が減った。だが、飲み過ぎてもウィルが止めてくれるという安心感から、アマネはまたコーヒーと砂糖の量を増やした。

(どうして、君になら甘えられるんでしょう?)

隣に座り、持ってきた紅茶を飲みながら、ウィルは風に揺れる木々を眺めていた。

アマネにとっての最大の謎は、自分自身の心だろう。それにアマネが気づかない限り、この謎は永遠に迷宮入りになってしまう。

だから、フランツはアマネを揺さぶった。

「……桜 ひらひら 桜 どこへ この地であなたを待つと 桜の木の下 私は歌う」

アマネは弟の作った子守歌を口ずさむ。その歌声を、ウィルは黙って聞いていた。

やがて歌は止み、アマネは立ち上がる。

「影送り、しましょうか」

「えーと、やり方ってどうだったっけ?」

「教えますから安心してください」

影送り。まるで自分の分身が空を飛んでいるようで、アマネは好きだった。

かごの鳥より、大空を羽ばたく鳥。花瓶に生けられた花より野に咲く花。

アマネは自然に生きるものが好きだった。自由な姿に自分を重ねて見ていた。

あの頃得られなかった自由を、今アマネは手に入れている。それは、あの頃の犠牲の上に成り立っているものだ。

(……神様。どうか、私が彼に本当の私を見せる勇気が持てるまで、自由を望む罪を、お許しください)

アマネは目を閉じて、空を見上げ目を開けた。分身が代わりに願いを届けてくれることを願って。

そんなアマネの姿を覗き見てから、ウィルは空に映った自分の分身を見た。

影送りを散々して、二人はアパートへと帰る。


運命の選択肢は、もうすぐそこまで訪れていたのだった。