「……あー、そうだな」
 

唸り、椅子から立ち上がる。


「急にすまなかった。帰るよ」


「おー。箏子のばあさんに刺されねえように気をつけろよ」


「……善処する」
 

在義が逃げて来たのは本当だ。現実から。
 

桃子の生きた唯一の証である娘の生きる現実から、少しだけ目を逸らした。
 

でも在義が、流夜ならば娘を託してもいいと思ったのもまた現実だった。
 

なにから逃げることが出来る。
 

逃げられないものしかないじゃねえか。
 

逃げるために手放せるものなんて、ない。
 

在義が慈しんできた娘の選んだ子は、優しい奴だったからな。