「笑満」
 

俺がこっそり教えたからか、足音に気を使って松生のとこまで戻り、その手を取った。


「? 咲桜?」


「遙音先輩はこちらですか!」
 

バンッと、隣の教室とを繋ぐドアを開け放った。


……豪快だな。
 

その向こうでは、やはりこちらを窺っていたらしい遙音がびくりと肩を震わせるのが見えた。


遙音にも意外な出方だったようだ。


「っ」


「笑満!」
 

また足が引きそうになった松生を、咲桜が叱りつける。


――前に、遙音が松生の手を摑んでいた。


咲桜が握っているのとは反対の手を。


「待って、笑満ちゃん」
 

はっきりと、明瞭にその名を呼んだ。


「ごめん。昨日は……。急にびっくりしたよな。何年も逢ってなかった奴だから……あ、いや、憶えてなかったら、もっとごめん――」


「憶えてるよ」
 

松生の声は、震えていなかった。