咲桜と松生が、何やら賑やかに離れて行く。


それを見送って俺は、咲桜たちの教室に向かった。
 

声は甦る。桃子さんの手紙を、在義さんから見せられた日だ。


『在義さん、咲桜の名前って、桃子さんがつけたんですか?』


『ん? ああ――最初は私につけてほしいって言ってたんだけどね。書いてある通り、桜を見に行ったとき、その名前にしたいと話したよ』


『咲桜』の名は、母からの贈り物だ。


でも、咲桜はときどきそれを忘れる。


忘れると言うか、テストなどで名前を書き忘れる。


まだ、自己否定が残っているのだろうか……。
 

完全に雪解けてはいないようだ。


それでも、咲桜は苦しそうにがんばらなくなったと思う。


自分はゆるされるためにがんばるしかないと、思ってはいないようだ。
 

……大丈夫。俺が、大丈夫にするから。
 

何度か咲桜にかけた言葉。


けれど、最近自信がなくなってきていた。


咲桜に本物が現れたとき、自分はこの位置を譲れるのだろうか。
 

ふと、振り返った刹那に咲桜もこちらを見ていた。


そして、柔らかい微笑みを見せた。
 

同じように微笑を返して、また心に思う。咲桜なら、大丈夫だ。
 

お前は、愛されているよ。