「……!」 桃子。 在義さんの妻で、咲桜の母の名だ。 在義さんが『桃』と呼んでいるのは知っていた。 「知っての通り、その名は私がつけた。身元がわかるようなものを、一つも持っていなかったからね。……そこにある、それが咲桜の総てだ」 「読んで、いいんですか……?」 こんな重要なものを―― 「読んでくれると思ったから、呼んだんだ」 在義さんは静かだった。 奥歯を噛んで封を開ける。 咲桜に見えない傷を遺した母。 逢うことのなかった咲桜の生みの親。 封筒は、十二年分の疲れに包まれていた。