ヒルヴェラの屋敷に戻ると、大勢の騎士団員がシエルの姿を認めて、喜びの声をあげた。サイル騎士団長の挙動を知って、捜索に出た者たちだ。
 玄関の前に、縄でグルグル巻きにされたスタイノ公爵が転がされていた。サイル騎士団長は手当てをされているのだろう。姿は見えない。

 屋敷からヴィリヨが出てきた。馬から降ろされたノエリアに駆け寄って抱きしめる。

「ノエリア……! 無事でよかった!」

「お兄様。心配かけてすみません」

「陛下もご無事でよかった。心配でたまりませんでした」

 ヴィリヨは目を真っ赤にしていた。心労が影響しないか体調が心配だが、顔色は悪くなさそうだった。シエルと握手を交わす。

「伯爵。彼女を巻き込むような形になり、申し訳ない」

「いいえ。ヒルヴェラ家への怨恨も、陛下に悪く作用したように思います」

 ヴィリヨは、転がされているスタイノ公爵を見下ろした。

「スタイノ公爵様……こんなことをして、これからどんな未来が待っているか、分かっているのか」

 スタイノ公爵はなにも答えず、放心した顔で遠くを見ていた。いつも紳士的で物腰柔らかなヴィリヨが、怒りに震えていた。

「よくも、妹を攫おうとしたな」

「お兄様。わたしですか?」

「お前ね、もう少し遅かったらスタイノ公爵夫人にさせられるところだった」

 予想外のことを知らされ、驚きしかなかった。シエルと顔を見合わせる。彼も驚いていた。

「もう少しだったのに……ヒルヴェラ家を潰せたのに……」

ぶつぶつと呟くスタイノ公爵の様子に、ノエリアはぞっとする。

「サイルは陛下を、スタイノ公爵はノエリア殿。利害の一致がこの事態を招いた。陛下を襲ったあとにノエリア殿を攫う計画だったようです」

 リウの言葉に、ノエリアはゾッとした。すると、スタイノ公爵は険しい表情でこちらを見上げる。

「ワシのほうが! 先だったのだ! カチェリーナと出会ったのは先だったのに……それなのに」

 カチェリーナとは、ノエリアの母の名前である。ノエリアは悟った。

「母に、思いを寄せていたのですね」

「許せなかった。ワシは格下に負けた。愛する女性を取られなにもうまくいかなくなって」

「それは自分の責任だろう。ヒルヴェラのせいにするんじゃない」

 喚くスタイノ公爵にリウが言い放つ。
 調べは進んでいるとリウが話してくれた事の顛末はこうだった。

 仕事で隣国へいったサンポがカチェリーナと出会い恋に落ち、結婚した。
 しかし、カチェリーナはサンポと出会う少し前に、スタイノ公爵と出会っていた。スタイノ公爵の片思いであった。取引先の貴族令嬢だったカチェリーナは、好きな人ができたのでもう連絡をしないで欲しいと言ってきた。その好きな人とは自分が住む国の伯爵だと知り、格下に取られたと腹を立てた。
 溜息をつき、リウが吐き捨てるように言った。

「自分を袖にして、結婚相手が同国の伯爵。許せなかったとは思いますが、共感はできません」

「そして、あの事件を起こした」

リウの言葉を受けて、ヴィリヨが続ける。

「あの事件?」

 問うたノエリアに、ヴィリヨが答えてくれた。

「毒草混入事件だ」

 サンポの父カリッツォが当時の国王と懇意にしていたことを知っていたスタイノ公爵は、妬むあまりこの計画を思いつく。王宮に貴族の集まりがあったときに、カリッツォが持ってきた国王への献上物のなかに、毒草を混ぜた。そして「混ざっているぞ」と騒ぎ立てた。思惑通り、カリッツォは出入り禁止となり、その後ヒルヴェラ伯爵家は坂を転げ落ちるように転落していった。