国王陛下の庇護欲を煽ったら、愛され王妃になりました

 ノエリアは、シエルの顔を見ることができない。

「あなたに……シエル様に会いたくて、その思いだけで来てしまいました。お誘いが嬉しかった。でも、間違いでした」

「ノエリア!」

 いやいやをするように頭を振るノエリア。こんなに取り乱すなんて、自分でも抑えが利かなかった。

「俺のことを手厚く保護してくれたのだ。俺がそう宣言する。カーラが言うことなど……」

「子供の頃から何不自由なく暮らしてきたあなたに、わたしのこのみじめな気持ちが分かるわけがない」

 言ってしまってから気付き、口を押える。シエルの目が傷ついた色を滲ませた。

「ご、ごめんなさ……」

(シエル様を、傷つけてしまった)

 なに不自由なく。物はそうだったかもしれない。辛い幼少期を送ってきたことを知っているのに。言ってはいけないことだった。

(もう、だめ。限界よ)

「……はやく、お戻りください。わたしなど構わずに」

 手を振りほどこうとしても、敵うわけがなかった。抵抗するノエリアをシエルはバルコニーに引っ張り入れた。そして壁に追いつめ、いつの間にか涙で溢れた目を見つめられる。

「着なれないこんな綺麗なドレスで浮かれて、わたし、ばかみたい……!」

 視線が合った瞬間、唇を塞がれた。時間が、呼吸が、止まる。
こんな、悲しい口づけがあるだろうか。

(黙らせるための、口づけ)

 バルコニーは花が咲き、いい香りがする。それとも、シエルの香りだろうか。月光のなか、しんと静まり返る空間だった。乱れる心音が唇から伝わってしまいそうで怖かった。
 今日は、素敵な思い出の日になるはずだった。
 唇を離すと、シエルはノエリアの頬を撫でた。

「……辛い気持ちにさせて、ごめん」

(シエル様はなにも悪くないのに。謝るなんて)

 ノエリアは、シエルをきちんと見た。悲しい色を湛えた瞳。左右、色が少し違っていて美しい。焼き付けるように静かにノエリアは目を閉じた。

「さよなら。もう、お会いすることはないでしょう」

 シエルを残して、逃げるようにバルコニーを出る。
 廊下には誰もいなかった。異常な事態だったけれど、会場から誰も出さなかったのだろう。

「ノエリア殿」

 低く呼ばれて振り向くと、物陰からリウが出てきた。涙を拭いリウに申し出る。
 ノエリアは部屋に戻った。そして、その日のうちに王宮を発つこととなった。