「ところで我が娘カーラのことですが……」
名前を出されたカーラは勢いよく立ち上がった。スタイノ公爵は少々声を小さくし、シエルに話す。いまこの場所でカーラの名前を出すということは、列席者への通知とも取れる。ノエリアは少なからずショックを受けた。
(これは、カーラ様が王妃候補なのね)
シエルが独身なのは周知の事実。カーラはまだ若い公爵令嬢。カーラがノエリアに辛く当たるのはこのせいかと気付いた。
「陛下がよろしければ、年内にでも話を進めたく……」
「陛下っ。わたくしはいつでもかまいせん」
父親が話しているところへ割り込むカーラ。見ていてあまり気持ちのいいものではないけれど。シエルがあからさまに嫌そうな顔をしている。カーラがシエルに飛び掛かりそうで心配なのか、リウがいつでも止めに入れるようすぐそばに控えている。目が合った。困ったような笑顔を向けられた。
「返事は……すぐしても宜しいだろうか。別室へ移動しましょうか」
「いますぐ、お受けいたしますわ!」
カーラが叫んだ。これは決まっている話なのだろう。でなければ、こんな状況で話をしないだろう。
(見るに堪えないわ)
ノエリアは、シエルの視界に入っていないことを確かめながら、静かに立ち上がる。そして出口に向かおうと背を向けた。その手を力強く捕まれた。
「どこへ行く」
ぐっと引かれて、腕を掴んだシエルの胸に飛び込む姿勢になった。
「すまないが、俺には心に決めたひとがいる」
会場内がざわついた。シエルはノエリアの肩を抱いて立たせてくれる。
(心に、決めたひと……?)
「なん、なんで、すって」
目の前にいるカーラの顔がみるみる赤くなる。赤を通り越して紫色だ。
「カーラ殿と縁談を進めるわけにはいかない。元々、お話を受けた覚えがありません」
「そんな。陛下!」
スタイノ公爵も驚いたらしく、声をあげた。シエルが言葉を続ける。
「話は伺っていました。受けるとはお返事していません。申し訳ないが……」
「酷い! 乙女の心を弄ぶなんて!」
カーラが叫んだ。細い体がわなわなと震えている。シエルは黙ってカーラの言葉を聞いていた。
(弄ぶなんて、シエル様はそんなひとじゃないと思う)
シエルを心配そうに見上げると、視線は合わないが、肩を抱く手に力が入れられた。大丈夫だという意味だと受け取った。
「大体この女が悪いのです。山奥のお化け屋敷に住む貧乏貴族のくせに」
「カーラ殿。言っていいことと悪いことがあります」
リウが庇ってくれた。
「リウ様まで? なんなの、こんな貧乏人!」
カーラの口から唾が飛ぶ。
列席者は突然始まったこの状況に、皆驚いて口を開けて見ている。
「あなた、生活のために草を育てているんですって? 雑草? 草を食べているの?」
「た、ただの草じゃありません。薬草です。薬として……」
雑草と言われ、ノエリアは反論した。馬鹿にするのは勝手だけれど、仕事を悪く言われるのは許せない。
「はっ! 毒の草なのかしら」
カーラは声を荒げた。
「やっぱり、血は争えないわね。陛下に毒草を盛ったのでしょう!」
「な、なにをおっしゃるのです!」
(血は争えないとはどういうことなの? 酷い)
ノエリアは手が震えて仕方がなかった。覚えのないことで責められるなんて、理不尽にも程がある。
「カーラ殿!」
シエルが止めるのも聞かないでカーラはノエリアを罵る。
「知っているのよ。あなたのお爺様、国王に毒を盛ろうとして出入り禁止になったそうじゃない」
(どうしてその話を知っているの)
「当時の国王と懇意にしていたから出入り禁止で済んだけれど、本来なら死刑だわ」
「そ、それは、なにかの間違いなのです! お爺様がそんなことをするはずが……」
狼狽えるノエリアを見て、一撃を食らわせたとでも思ったのか、カーラが不敵に笑う。会場内は一気にざわついた。まさか、ヒルヴェラ、思い出した、毒草が、等。ヒソヒソと話す声がノエリアの耳に入ってくる。
「いまヒルヴェラが没落寸前で貧乏なのも、そのせい。今回、偶然とはいえこれはいい機会だと、陛下に恩を売るために助けたに違いなわ。お金が目当てなんでしょう?」
「なに、を……」
「あなたがいなければ、うまくいったのに! この疫病神!」
ぶつかってきた言葉の数々は、ノエリアを傷つけていく。ノエリアは耐えられず、シエルの腕を振り解いて会場を飛び出した。
「ノエリア!」
シエルがあとを追ってくる。バタバタと足音が響く廊下で追い詰められ、捕まる。
バルコニーに通じる廊下だったらしく、蝋燭の灯りと共に窓から月明りが注いでいる。
「……離して。お戻りください。わたしなど捨て置いてください」
「なにを言っているんだ! あんなこと気にすることはない」
「ここに来たのが間違いでした。あまりにも場違い……」
そうだった。間違いだ。過去の事件も引っ張り出されてしまった。こうなってはもうシエルには会えない。会ってはいけない。自分は、山奥から出てはいけなかったのだ。
名前を出されたカーラは勢いよく立ち上がった。スタイノ公爵は少々声を小さくし、シエルに話す。いまこの場所でカーラの名前を出すということは、列席者への通知とも取れる。ノエリアは少なからずショックを受けた。
(これは、カーラ様が王妃候補なのね)
シエルが独身なのは周知の事実。カーラはまだ若い公爵令嬢。カーラがノエリアに辛く当たるのはこのせいかと気付いた。
「陛下がよろしければ、年内にでも話を進めたく……」
「陛下っ。わたくしはいつでもかまいせん」
父親が話しているところへ割り込むカーラ。見ていてあまり気持ちのいいものではないけれど。シエルがあからさまに嫌そうな顔をしている。カーラがシエルに飛び掛かりそうで心配なのか、リウがいつでも止めに入れるようすぐそばに控えている。目が合った。困ったような笑顔を向けられた。
「返事は……すぐしても宜しいだろうか。別室へ移動しましょうか」
「いますぐ、お受けいたしますわ!」
カーラが叫んだ。これは決まっている話なのだろう。でなければ、こんな状況で話をしないだろう。
(見るに堪えないわ)
ノエリアは、シエルの視界に入っていないことを確かめながら、静かに立ち上がる。そして出口に向かおうと背を向けた。その手を力強く捕まれた。
「どこへ行く」
ぐっと引かれて、腕を掴んだシエルの胸に飛び込む姿勢になった。
「すまないが、俺には心に決めたひとがいる」
会場内がざわついた。シエルはノエリアの肩を抱いて立たせてくれる。
(心に、決めたひと……?)
「なん、なんで、すって」
目の前にいるカーラの顔がみるみる赤くなる。赤を通り越して紫色だ。
「カーラ殿と縁談を進めるわけにはいかない。元々、お話を受けた覚えがありません」
「そんな。陛下!」
スタイノ公爵も驚いたらしく、声をあげた。シエルが言葉を続ける。
「話は伺っていました。受けるとはお返事していません。申し訳ないが……」
「酷い! 乙女の心を弄ぶなんて!」
カーラが叫んだ。細い体がわなわなと震えている。シエルは黙ってカーラの言葉を聞いていた。
(弄ぶなんて、シエル様はそんなひとじゃないと思う)
シエルを心配そうに見上げると、視線は合わないが、肩を抱く手に力が入れられた。大丈夫だという意味だと受け取った。
「大体この女が悪いのです。山奥のお化け屋敷に住む貧乏貴族のくせに」
「カーラ殿。言っていいことと悪いことがあります」
リウが庇ってくれた。
「リウ様まで? なんなの、こんな貧乏人!」
カーラの口から唾が飛ぶ。
列席者は突然始まったこの状況に、皆驚いて口を開けて見ている。
「あなた、生活のために草を育てているんですって? 雑草? 草を食べているの?」
「た、ただの草じゃありません。薬草です。薬として……」
雑草と言われ、ノエリアは反論した。馬鹿にするのは勝手だけれど、仕事を悪く言われるのは許せない。
「はっ! 毒の草なのかしら」
カーラは声を荒げた。
「やっぱり、血は争えないわね。陛下に毒草を盛ったのでしょう!」
「な、なにをおっしゃるのです!」
(血は争えないとはどういうことなの? 酷い)
ノエリアは手が震えて仕方がなかった。覚えのないことで責められるなんて、理不尽にも程がある。
「カーラ殿!」
シエルが止めるのも聞かないでカーラはノエリアを罵る。
「知っているのよ。あなたのお爺様、国王に毒を盛ろうとして出入り禁止になったそうじゃない」
(どうしてその話を知っているの)
「当時の国王と懇意にしていたから出入り禁止で済んだけれど、本来なら死刑だわ」
「そ、それは、なにかの間違いなのです! お爺様がそんなことをするはずが……」
狼狽えるノエリアを見て、一撃を食らわせたとでも思ったのか、カーラが不敵に笑う。会場内は一気にざわついた。まさか、ヒルヴェラ、思い出した、毒草が、等。ヒソヒソと話す声がノエリアの耳に入ってくる。
「いまヒルヴェラが没落寸前で貧乏なのも、そのせい。今回、偶然とはいえこれはいい機会だと、陛下に恩を売るために助けたに違いなわ。お金が目当てなんでしょう?」
「なに、を……」
「あなたがいなければ、うまくいったのに! この疫病神!」
ぶつかってきた言葉の数々は、ノエリアを傷つけていく。ノエリアは耐えられず、シエルの腕を振り解いて会場を飛び出した。
「ノエリア!」
シエルがあとを追ってくる。バタバタと足音が響く廊下で追い詰められ、捕まる。
バルコニーに通じる廊下だったらしく、蝋燭の灯りと共に窓から月明りが注いでいる。
「……離して。お戻りください。わたしなど捨て置いてください」
「なにを言っているんだ! あんなこと気にすることはない」
「ここに来たのが間違いでした。あまりにも場違い……」
そうだった。間違いだ。過去の事件も引っ張り出されてしまった。こうなってはもうシエルには会えない。会ってはいけない。自分は、山奥から出てはいけなかったのだ。



