国王陛下の庇護欲を煽ったら、愛され王妃になりました


「山から降りていらっしゃるの、大変でしたでしょう」

 扇子をひらりと顔の前で開き、カーラはニヤリと笑った。

(カーラ様は、ヒルヴェラの現状を知っているのね)

 ひっそりと暮らしているつもりでも、噂というのは広まるのだ。

「そうですね。でも、シエル陛下が色々と心を砕いてくださって、快適に過ごせております」

 シエルの名を出した途端、目の色が変わる。ノエリアはおや、と思った。

「あら、自慢かしら。少し綺麗だからって……行き遅れの貧乏貴族のくせに」

「こらこら、カーラ」

「お供もいないの? ひとりでいらっしゃったのね」

 スタイノ公爵が娘の無礼をたしなめるが、力関係がカーラのほうが上なのだろう。父親の言うことを聞いてはいなかった。

「突然降って湧いたような女が来ていい場所じゃないわ」

 鋭い視線は、じっとりとした怒りが込められていた。どうしてそんな風に言うのだろう。ノエリアには分からなかった。

「シエル陛下がお見えです」

 王宮執事と見られる男性が、会場内の人々に呼びかけた。
 ドアが開かれると、音楽も王宮執事の仕草も止めず、流れるような足取りでシエルが姿を見せた。暖炉前の席に向かう。リウが続くが、シエルがテーブルまで行くのを見送るように壁側に控えた。

「皆様。今日はようこそいらっしゃいました。ゆっくりお愉しみください」

 低くよく通る声で、手短に挨拶をしたシエルは、静かに穏やかに、晩餐会を開始させた。余計なことは一切省いた挨拶が、彼らしい。笑顔はないが不機嫌なわけではない。ノエリアにはそれが分かった。

 いろいろな料理が運ばれてくる。しかし、ノエリアは正面にいるカーラの視線が辛く、料理に手をつけられなかった。

(山から降りてきたと馬鹿にされたし、食事のマナーがおかしかったらまた笑われる)

 そんな風に考えてしまい、膝の上で手を握りしめたままだった。うつむいていると、突然、カーラが甘ったるい声を挙げた。

「まぁ、陛下! お久しぶりで……」

「ノエリア」

 後ろから名を呼ばれ、振り返る。いつの間にか、シエルがそばに来ていたのだ。カーラが甘えた声を出したのは彼が来たからだ。

「シエル陛下……!」

 シエルは緑の瞳を細めてノエリアに握手を求めた。その手を取ると、ドキリと鼓動が速くなる。

(シエル様、少し髪を切ったのね)

 短くなった黒髪は彼によく似合い、より精悍になった気がする。ノエリアは、照れながらも立ち上がって挨拶をする。ひらりと揺れたドレスが、自分が贈ったものだと気付いたのか、シエルは初めて笑顔を見せる。

「よく、似合っている」

「ありがとうございます」

 突然、ダンッと音が隣から聞こえて驚いた。カーラがテーブルを叩きながら立ち上がったのだ。

「ああ、カーラ殿。お久しぶりです」

「……お久しぶりです」

 シエルはノエリアに声をかけに来てくれたらしいが、結果的にカーラは無視されたと思ったのだろう。顔を真っ赤にして鼻息が荒い。どろりとした目でノエリアを睨みつけていた。娘の不機嫌を感じ取ったのはスタイノ公爵。シエルに声をかける。

「陛下。この度の大規模国境警備、大変にお疲れ様でした」

「スタイノ公爵。ご無沙汰しております」

「陛下が山賊に襲われたと聞いたときは、心臓が止まるかと思いました。いかがです? 調子は」

「ご心配おかけしました。もうすっかり。悪運だけは強いですからね」

「それはなによりです」

 スタイノ公爵はシエルと握手を交わす。ノエリアは邪魔になるといけないので着席して見守る。

「招かれたのは我々ですが、陛下の回復を祝って」

 葡萄酒のグラスを上げた。シエルはグラスを持っていないので、乾杯の真似事だけして場が和む。

「ありがとう。来年の大規模国境警備は無事故で終わりたいものです」

 シエルがリウのほうを見て、目で合図し呼び寄せた。スタイノ公爵と三人で、改めて握手を交わす。その様子を晩餐会参加者の皆が見ている。

「リウ殿も、この度は……。我々としては、国境警備への協力は引き続きさせていただきます」

「ご協力、感謝いたします」

 リウが答えた。

(なるほど。お金の話なのね)

 ここに集う貴族はおそらく皆が名家で裕福。国王との繋がりは各自のステータスだ。下心があっても無くても資金協力は惜しまないのかもしれない。

(うちには無理だけれど)

 溜息をついたノエリアだった。