国王陛下の庇護欲を煽ったら、愛され王妃になりました


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 昼食をとり、またひとりの時間を過ごす。窓からは、手入れの行き届いた王宮の中庭が見る。ノエリアは本当に草むしりをしたかった。落ち着かないのだ。本来なら、せっかくひとりで屋敷の仕事もないのだからゆったりした時間を過ごせばいいのに。

(もうすぐ、シエル様に会える)

 部屋の中を行ったり来たり。晩餐会の身支度が始まるまで、ソワソワと落ち着かない時間を過ごした。そして、いざ準備が始まってみると慣れないことでどうしていいのか分からず、王宮侍女たちに任せて、お人形のようにじっとしているしかなかった。化粧も髪型も流行りのもので、それでいて落ち着いたものに仕上げてもらった。

(首がもげそうな装いは、好きじゃないようだったし)

 シエルがくれた髪飾りも、母の形見のものも、緩く編んで下ろした金髪によく映える。

「できました。お美しいですね、ノエリア様」

 王宮侍女が褒めてくれる。鏡の中には、見たことのない自分が映っていた。
 シエルの目に、自分はどう映るだろう。少しでも美しいと思ってくれるだろうか。無造作に髪を結ってまとめ、化粧っけの無い顔、唇。それでも美しいと言ってくれたことは、ノエリアにとって嬉しいことだった。

(今日は、特別なの)

 少しでも綺麗に見られたい。いままで思ったことのないことだった。
 ソワソワと落ち着かないけれど、時間は待ってくれない。支度が整ったので、すぐ晩餐会会場へと案内される。王宮はさすがに広く、廊下も長い。ヒルヴェラの屋敷の何倍だろうか。さぞ豪奢な装いなのだろうと想像していたが、意外に穏やかな雰囲気の内装だった。シエルの趣味なのだろうか。

 料理の匂いがしてくる。さぞ美味しい王宮料理が用意されるだろうということは想像に難くないけれど、楽しめるかどうかは別だった。

(緊張しているし、ひとりだし。あまり目立たないよう静かにしている方がいい)

 あれこれ考えていたら、会場へ到着してしまった。
 重厚なドアを開けると、さすが王宮の晩餐会。豪華絢爛な会場だった。弦楽器の演奏が流れ、大きなテーブルには清潔なテーブルクロス、可愛らしい花瓶に丸く生けられた花束。美しく磨かれた銀食器とカトラリー。燭台の蝋燭は優しい炎を灯している。いまは夏なので使用されていないが、暖炉の形も立派なものだった。

(素敵。こんな夢のような場所があるのね)

 景色に見とれていると、すぐ近くに着席していた、茶色の髪を上部に伸ばすようにセットした髪型の女性と目が合う。ノエリアより少し若いだろうか。痩せていて、カマキリに似ていた。

「ごきげんよう」

 ノエリアは丁寧にドレスをつまみ挨拶をした。しかし、女性は訝しげな視線を投げかけたあと、すっと目を反らし、隣にいた年上の男性に話しかけた。

(いまのは、なんだろう)

 正直、感じが悪いなと思ったものの、急に心細くなった。

(ここまで来ておいてなんだけれど、やっぱりわたし、場違いなのかも)

 浅はかだったかもしれない。その考えに囚われると、いてもたってもいられなくなった。
 おどおどしていると、給仕に「お席へどうぞ」と案内され、食前酒を注がれる。ドレスを捌きながら着席したのは、先ほどの女性の目の前だった。
 シエルに誘われ、浮かれてここへ来たけれど、それでよかったのだろうか。思い出作り? 楽しむ?

(自分だけ、なにか浮いている気がする)

「初めて見るお顔ね」

 下を向いていると、女性に声をかけられた。ぱっと顔を上げる。蔑むような表情でこちらを見ている。話しかけてくれたけれど、あまり好意的な態度ではない。

「はじめまして。ノエリア・ヒルヴェラと申します」

「ああ、あなたがヒルヴェラ伯爵の……」

 名乗ると、女性の隣にいる小太りの男性が笑顔を向けてくれた。こちらは普通に接してくださっている様子。

「ワシはスタイノと申します。彼女は娘のカーラ。ワシは小太りだが娘が似なくて良かった。ああ、亡くなった妻に似たのでね。公爵令嬢が太っていては嫁の貰い手がつかんからな」

 聞いてもいないことまで話してくれるスタイノ公爵がガハハハッと笑った。カマキリのような容貌のカーラは嫌そうな顔をして「お父様、声が大きいわ」と小さく言った。

 名家スタイノ公爵家。新聞でしか知らない人に会えるなんて、不思議な感じだった。公爵は、ノエリアの父サンポと歳が近かったはず。とはいえ、なにか関りがあるわけではない。会うのも今日が初めてだ。

「噂通り、お美しい方ですな」

 またガハハと笑うスタイノ公爵。自分の父親がほかの女を褒めたのが心底気に入らなかったのだろう。カーラはノエリアを睨みつけた。

「母上によく似ていらっしゃる」

「母をご存じなのですか?」

 スタイノ公爵が意外なことを言うので、ノエリアは嬉しくなった。

「ええ。仕事でノエリア殿の母君がいた国を出入りしていましたのでね。それは評判の美女でしたからな」

 また大きな笑い声が響く。スタイノ公爵の笑い声のせいで、まわりから見れば和気藹々と三人で歓談中と見えるのだろうが。こうしている間に、ひとり、ふたりと会場へ入ってくる。

 椅子の数からして数十人といったところだろうか。内々で開催する晩餐会とはいえ、やはり来賓は王家と繋がりの深い上流貴族が主だろう。